第21話 現れたのは
結局私達は、一睡もせずに夜を越した。
皆で話したりしていたが、それでも長い時間だったといえる。一夜を越したのだから当然なのだが、正直もう結構くたくただ。
「とりあえず日は昇りましたね……まあ、朝になったからといって、油断することはできませんが、少しは安心することができます」
「ええ、そうですね……」
基本的に、ああいった者達は夜中に行動することが多いだろう。そのため、少しは気を抜くことができる。
少なくとも、夜の間よりは安全だ。そう思ったら、少し眠気が湧いてきた。
「イルリア嬢、大丈夫ですか? なんだか、顔色が悪いような気がしますが……」
「実の所、昨日は一睡もしていなくて……」
「おや、そうなのですか?」
「ええ、眠れなくて起きていて、人影に気付いたので」
他の皆は、私が叫ぶまでは眠っていたはずである。一方で、私は一睡もしていない。その違いは些細なものかもしれないが、周囲に私程憔悴している人はいなさそうだ。
「まあ、そういうことなら少し眠ったらどうなんだ。ここを出発するにしては、まだ時間が早過ぎる。少しくらいは眠れるんじゃないだろうか?」
「お言葉に甘えたい所ですが、流石にこの中で眠るのは……」
「おっと、それはそうか」
ブライト殿下の提案は、嬉しいものではあった。
ただ、事件のこともあって現在の部屋には人がい過ぎている。そんな中で寝顔を晒すというのは、流石に恥ずかしい。
「それならイルリア嬢は別の部屋に行ってくれ。入り口には誰かを立たせておく。まあそれでも、誰か一人くらいはついていた方がいいか」
「……確かに、一人にしておくのは不安ですね」
「お、それならマグナード、お前がついていてやれ」
「え?」
そこで、マグナード様は珍しい声を出した。
ブライト殿下の言葉に、かなり驚いているのだろう。目が丸くなっている。
「なんだよ? 適任はお前だろう」
「寝顔を見られるのが恥ずかしいと言っている女性に、僕がついていい訳ないでしょう。誰がついているなら、エムリー嬢が適切です」
「あ、えっと、私はその……都合が悪かったりして」
話を振ったエムリーからも意外な返答があったからか、マグナード様は固まっていた。
しかし彼は、すぐに自分を取り戻し、少々鋭い視線をエムリーに向ける。
「いや、そんな訳がないでしょう? 何を言っているんですか?」
「そ、そうですよね……」
「ブライト殿下もですが、悪ふざけが過ぎますよ」
「まあ、大目に見てくれ」
マグナード様に対して、ブライト殿下やエムリーは笑顔を浮かべていた。
その笑顔に、彼の顔は引きつっている。多分、私も同じような表情をしているだろう。この王子と妹は、一体何がしたかったというのだろうか。
◇◇◇
当然のことながら、私の仮眠にマグナード様が連れそうことはなかった。
代わりに来てくれたのはエムリーである。今回のような場合は、彼女が適切であるだろう。
という訳で、私はしばらくの間仮眠をとることになった。正直かなり限界だったので、部屋に来て横になったらすぐに眠ったと思う。
「んんっ……」
「あ、お姉様、起きられたのですね?」
「ええ、大分すっきりしたわ。見守ってくれていてありがとう、エムリー」
「いいえ、実の所、私も少し眠ってしまいました」
「そう……まあ、あなたもほとんど徹夜だった訳だしね」
ゆっくりと体を起こした私は、少し寝ぼけ眼のエムリーを見て笑顔を浮かべていた。
一時間くらい眠っていただろうか。辺りは朝日によって明るく照らされている。どうやら、完全に朝を迎えたようだ。
「特に問題は起こっていなさそうね?」
「そのようですね。なんだか、少し安心することができます」
「ええ、まあ、これだけ警戒しているからね」
不審者が何者であるかはわからないが、流石にこの警戒態勢の中で何かを仕掛けることなんてできないだろう。
例え何か狙いがあったとしても、くすぶっているはずだ。
できれば、このまま抑えつけておきたい所である。相手がやけになったりしなければいいのだが。
「……それでお姉様、私、少し気になることがあるんです」
「気になること? 何かしら?」
「夢の中で、男性の顔が浮かんできたんです。同い年くらいの知らない男性の顔……優しそうだけれど、なんだか怖い人で、何か心当たりはありませんか?」
「えっと……」
どうやら、エムリーは夢の中で記憶に関することを思い出していたらしい。
その抽象的な印象から、私は考える。優しそうだけれど怖い同い年くらいの男性で、エムリーに関わりが深い人が誰なのかを。
そうやって考えていくと、ある一人の顔が浮かんできた。多分、エムリーは彼のことを夢で見たのだろう。
「それは恐らく、ロダルト様ね」
「ロダルト様、それはどなたなんですか?」
「私の元婚約者で……あなたにとっても元婚約者ね?」
「……なんだか、複雑な関係性ですね?」
「ええ、そうなのよ」
エムリーが夢で見たのは、恐らくロダルト様だ。彼ならば、彼女の説明に合致する。
一応婚約者であった訳だし、印象深いはずだ。記憶の中から急に思い浮かんできても、おかしくはない。
「まあ、彼の話もしておくべきかしらね。ただ今は時間がないから、帰りの馬車で話しましょうか」
「ええ、よろしくお願いします」
これから私達は、帰り支度をしなければならない。そのため、ロダルト様の話は後にするとしよう。時間は後でたっぷりとあるのだから。
◇◇◇
私とエムリーは、準備を終えて馬車の前に立っていた。
結局、この別荘での暮らしは、中途半端に終わってしまった。それは非常に、残念である。
ただ、とにかく今は安全第一だ。ルヴィード子爵家に戻り、守りを強固にする。それが今の私達に必要な措置だ。
「さてと、それではお二人とも気を付けて」
「護衛がいるし、遠回りしてでも人気が多い道を行かせるようにしている。とにかく安全なのが肝心だからな」
「お二人とも、ありがとうございます」
諸々の手配は、マグナード様やブライト殿下がしてくれた。
二人とも、とても頼りになる。その辺りは、流石公爵令息と王子といった所だろうか。
「……うん?」
「マグナード様、どうかされましたか?」
「いや、あれは……」
「え?」
マグナード様は、驚いたような顔をしていた。
それがどうしてなのか、私は彼の視線が向いている方向を見たことによって理解した。
そこには、とある男性がいる。彼の名前は、ロダルト・ラプトルト子爵令息。かつて私やエムリーの婚約者だった人だ。
「ロ、ロダルト様? どうして、こちらに?」
あまりに驚いたため、私は思わずそのような質問をしてしまった。
しかし、よく考えてみればそれは過ちだ。私がそのように問いかけてしまったため、周囲の判断は確実に遅れた。
私と彼が知り合いである。使用人達は、そう思ったことだろう。相手は身なり的には貴族であるし、それによって躊躇いが生まれた。
それは時間にしてみれば、一瞬だったかもしれない。しかし、ロダルト様が動き出すのには充分過ぎる時間だったといえるだろう。
ロダルト様は銀色に輝く刃を取り出した。彼はそのまま、こちらに向かってくる。
理由などはわからないが、ロダルト様は私を狙っているようだ。もしかして、一連の事件は全て彼が引き起こしたものだというのだろうか。
そんな風にともすれば呑気に考えている私の方に、ロダルト様は確実に近づいて来ていた。
私の時間は、驚く程にゆっくりと流れている。しかし思考と違って、肉体は動いてくれない。長く感じる時間は、ただ自分が逃げられないということを悟るためのものでしかなかった。
「イルリア……君は僕のものだ!」
「……させるかっ!」
私が思わず目を瞑ろうとした瞬間、マグナード様が動いたのが見えた。
彼は、私を庇うように前に立とうとしていたような気がする。
そして次の瞬間、鈍い音が聞こえてきた。恐らく、私以外の誰かの体にロダルト様の凶刃が突き刺さったのだろう。




