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不憫な妹が可哀想だからと婚約破棄されましたが、私のことは可哀想だと思われなかったのですか?  作者: 木山楽斗
本編

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第20話 眠れぬ夜

 私は泊っている客室にて、エムリーとともに就寝の準備をしていた。

 例の件が判明してから、夕食などもそれ程楽しいものではなかった。ブライト殿下も含めて、気分が下がっていたのだ。


「……」

「……エムリー、少しいいかしら?」

「え? な、なんでしょうか?」


 そこで私は、エムリーのことが少し気になった。

 彼女は、浮かない顔をしている。それはなんというか、私達が落ち込んでいたからという訳ではないような気がする。

 もしかしたら、何かあったのではないか。そう考えて、一応話しかけてみることにしたのだ。反応から考えても、恐らくそれは間違いないだろう。


「あなたは今、何かを抱えているのではないかしら? もしもよかったら、それを聞かせてもらいたいのだけれど」

「えっと……」

「まあ、話したくないというなら、それでも構わないわ」

「いえ、話したくないことではないんです。ただ、とても曖昧なことでして……」

「曖昧……」


 エムリーは、苦い顔をしていた。

 本当に話しにくそうだ。曖昧なことという言葉に、間違いはなさそうだ。


「少しずつでもいいから、話してもらえないかしら」

「よくわからないんです。記憶の中にある何かが、ぼんやりと頭の中を漂っていて……」

「まさか、記憶が戻ろうとしているの?」

「そうなのかもしれません。そのきっかけは多分、この事件だと思うのですが……」


 エムリーの言葉に、私は少し驚くことになった。

 何のきっかけで記憶が戻るかなんて、わからない。それは理解していたつもりだ。

 ただ、それが今回の事件というのは意外である。彼女は、ムドラス伯爵令息やヴォルダン伯爵令息とも関わりなんてないはずなのだが。


「言っておくけれど、無理に思い出す必要はないのよ?」

「ええ、わかっています。ただ、このことはお姉様に関わることかもしれないので、少し気になって……」

「私のために思い出そうとしてくれているのは嬉しいわ。でも、無理は禁物なのよ。それはお医者様からも言われているでしょう?」

「そ、そうですね……」


 エムリーが一体何を思い出そうとしていたかは、すごく気になる。

 それはもしかしたら、私が今回の件に感じている不安を拭ってくれるものかもしれないからだ。

 ただ、無理をさせ過ぎて彼女の心が壊れてしまう方が問題である。私は彼女に思考させることをやめさせた。


 代わりに、私は考えることにする。

 今回の件とエムリー、それを結びつける何かがあるのだろうか。

 しかしいくら考えても、答えは出てこない。もしかして、単にタイミングが重なっただけで、関わりなんてものはないということだろうか。




◇◇◇




 色々と考えていたからか、私は中々眠ることができなかった。

 隣にいるエムリーは、心地よさそうに寝息を立てている。こうして眠っていると、彼女も可愛いものだ。いや最近は、眠ってなくても可愛く思っているのだが。


「不思議なものね……」


 エムリーの顔を見てそんな風に思える日が来るなんて、少し前までは思っていなかったことである。

 こうして別荘に遊びに来ていなかったら、そう思えなかったかもしれない。


「でも……」


 眠る前、彼女は記憶を取り戻す兆候を見せていた。

 もしかしたらもうすぐ記憶が戻って来るのかもしれない。そうなった場合、私達の関係は元に戻るのだろう。

 それは悲しいことではあるが、仕方ないことでもある。そもそもの話、この期間の方がおかしかったのだから。


「泡沫の夢……とでも思っておくべきね、この期間、は?」


 眠れないため、私はゆっくりと体を起こそうとした。

 すると、月の光がカーテンを突き抜けて部屋を照らしていた。


 それは別に、おかしいことではない。雲がないならそうなるのが当然のことであるだろう。

 ただ、そのカーテンに黒い人影らしきものがあることは、明らかにおかしいことだった。それを見て私は、固まってしまう。


「そ、外に、誰かが、いる……?」


 驚いたら声が出るタイプではなくて、良かったと心から思った。

 私は起こそうとしていた体をゆっくりと下げる。とにかく外にある人影に、悟られてはいけないと思ったからだ。


 しかし、そこで問題に気付いた。

 私のベッドは、廊下側にある。つまり窓際にはエムリーのベッドがあるということだ。

 仮に窓の外にいる何者かが、中に入ってきた場合、一番危険なのは妹である。それに気付いた私は、ばれないようにすることを諦めることにした。


「……きゃああああああああああ!」

「え?」

「エムリー、こっちへ!」

「お、お姉様?」


 私は、大きな声を上げた後にエムリーの体を引っ張った。

 これで外にいる何者かに私のことは悟られたが、マグナード様やブライト殿下、その他使用人にも危機が伝わったはずだ。

 当然この方法には危険もあるが、今はこの方がいいだろう。私は、エムリーのことを庇いながら、部屋の外へと向かって行く。


「あれは、人影?」

「逃げているわね……」


 その瞬間、私は部屋の外にいる人影が走っていくのが見えた。

 どうやら相手は、逃げることを選択したようである。

 それは私達にとっても安心できることだ。逃げてくれるなら、それにこしたことはない。


「イルリア嬢! 何かあったのですか?」

「あ、マグナード様」


 そんなことを思っていると、マグナード様が焦ったような顔をしてやって来た。

 私の目論見通り、人々がここに集まっている。とりあえずこれで、安全は確保することができそうだ。




◇◇◇




「部屋の外に誰かがいた、ですか?」

「ええ……」

「そうですか……」


 私は、マグナード様やブライト殿下に何があったのかを伝えていた。

 深夜であるというのに、別荘はかなり騒がしい。仕方ないことではあるのだが、それを引き起こしてしまったのは、少し申し訳ない。


「まずは無事でよかったです」

「ありがとうございます」

「エムリー嬢も、よくぞご無事で」

「いえ、私はお姉様が守ってくださったので……」


 私達が無事だったということは、本当に幸いなことだった。

 結果的に、あの判断は間違っていなかったのだろうか。当初の通りやり過ごそうとなんてしていたら、もっと大変なことになっていたかもしれない。

 もっとも、それはたらればの話だ。とにかく今は、無事を喜ぶことにしよう。


「……叫び声が聞こえてきてから、俺は外に出ていた。侵入者の可能性は予想できたから、念のため外からイルリア嬢の部屋を目指していたんだ。中からはマグナードが行くからな」

「そうでしたか。それで?」

「確かに人影が見えた。恐らく、男だ。中肉中背、得に特徴がない人間だったな。森の方に逃げて行ったが……」


 ブライト殿下は、人影を補足していたようである。

 こういう時の彼は、なんというかとても冷静だ。どんなことにも動じない彼は、王家の器といえるかもしれない。


「……捜索は命じていません。こんな夜中に歩き回るのは危険ですから」

「警戒はしているんだろう? それならまあ、とりあえずは安心だ。まあ、相手が何人いるのかはわからないから、油断はできないか」

「盗賊などの類でしょうか? この辺りは、安全であるとされてきましたが……」

「情勢が変化したのかもしれないな。まあ、単独の変質者かもしれないが」


 別荘とはいえ、この屋敷にはそれなりの人数の使用人がいる。

 腕っぷしがある人もいるみたいなので、恐らくは安全だろう。

 問題は、相手が大きな集団であるという可能性だが、それもないような気がする。そういった団体は、得てして補足されるものだ。影も形もないなんてことが、あるのだろうか。


「……考えるべきは、ムドラス伯爵令息とヴォルダン伯爵令息に関わることです」

「……まあ、不本意ではあるが、その可能性も考えざるを得ないか。こんなことになった以上、俺も反論なんてしないさ」

「何が起こっているのかはわかりませんが、とくにかく警戒する必要がありますね」


 マグナード様の意見に、ブライト殿下も同意した。

 不可解なことがなんども起こっているのだから、流石に例の件には何かしらの関係があると考えるべきだろう。

 だが、犯人が誰かは最早どうでもいいことだ。とにかく安全にこの夜を切り抜ける。それが最も重要なことだ。

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