第19話 謎の襲撃
ビルドリム公爵家の実家には、二泊三日の期間滞在する予定である。
明日にはもう帰らなければならないため、ゆっくりと過ごせるのは今日が最後だ。
という訳で、私達は別荘の近くにある町に来ていた。今日は、この辺りを散策する予定なのである。
「さてと、どちらに行きましょうかね? 何かご希望はありますか?」
「いや、俺は特にないな。ここは初めて来るイルリア嬢達に聞くとしよう」
「そもそも、ブライト殿下には聞いていませんよ。こういう時にはレディを優先するべきですからね?」
「ああ、それもそうか」
マグナード様とブライト殿下は、私達の方を見てきた。
それに対して、私とミレリア嬢は顔を見合わせる。そしてそのまま私達は、エムリーの方に視線を向けた。どうやら、私達の気持ちは同じようである。
「エムリー、どこか行きたい所はあるかしら?」
「え? 私、ですか? 私なんかのことは気にせず、お二人の意見を……」
「時間はそれなりにありますから、順番ということにしませんか? まずはエムリー嬢の意見から、その次にイルリア嬢で、最後に私、ということでいかかでしょうか?」
「あ、そういうことなら……」
最初は遠慮していたエムリーだったが、三人平等に行きたい場所を選べるということで、納得してくれたようだ。
実の所、この提案の裏には年少者であり精神的にも幼いエムリーを優先させたかったという気持ちもあったのだが、それは恐らく本人には悟られていないだろう。
「それで、エムリー嬢の行きたい場所はどこなのでしょうか?」
「えっと、そうですね……それならせっかくですから、ケーキとかそういったものが食べたいです」
「ケーキ……それはいいわね。私も行きたいわ」
エムリーの提案は、私にとっても嬉しいものだった。
ただ、同時に私はあることを思っていた。エムリーは昔から甘いものが好きだったのだが、そういった趣向は変わっていないようなのである。
「甘いものか、別にそういったものが悪いとは思わないが、まずは昼食の方がいいんじゃないか?」
「あ、それはそうですね。すみません。それについてあまり考慮していませんでした」
「ああいや、謝るようなことではないが」
ブライト殿下は、とてももっともな意見を出してくれた。
私達はまだ、昼食を取っていない。時間帯的に、まず優先するべきはそちらだ。
「せっかくなら、山の幸なんかをいただきたいですね。この辺りは緑が豊富ですし」
「それでは、そういったお店に行きましょうか。ケーキはその後、ということで」
私の意見に、マグナード様はゆっくりと頷いてくれた。
こうして、私達のこれからの予定がある程度決まったのだった。
◇◇◇
私達は、山の山菜やきのこの料理をいただいた後、辺りでも有名なパティシエがいる店でケーキをいただいた。
その後は服屋などといった店を回り、夕方くらいに別荘まで戻ってきた。
「……なんだか様子がおかしいな」
「何かあったのでしょうか? ブライト殿下、皆さんをお願いします。僕は状況を確認してきますから」
「ああ、こっちは任せておけ」
しかし戻ってきた別荘では、使用人達がせわしなくしていた。それはつまり、何かしらの問題があったということだ。
とりあえず代表でマグナード様が話を聞いてくれているので、私達は待機する。あまり大きなことが起こっていないといいのだが。
「マグナード、どうだった?」
「……それが、少々厄介なことになっているようです。使用人達は、どうやら僕達のことを探していたみたいです。行き先が行き当たりばったりでしたからね。中々見つからず、騒がしくなっているようです」
「使用人達が慌てているのはそれか。入れ違いになったのかもしれないな」
「ええ、多分そうだと思います」
戻ってきたマグナード様は、とても苦い顔をしていた。
彼の視線は、先程からミレリア嬢に向いている。つまり彼女に関する何かが、あったということだろうか。
「マグナード様、どうやらお話があるのは私のようですね?」
「ええ、ミレリア嬢に関わる話です。間接的には、イルリア嬢も関わる話といえるでしょうね」
「私も、ですか?」
自分にも関わりがあるということに、私は少し驚いてしまった。
しかし、私とミレリア嬢が共通で関わっていることとなると限られてくる。まさか、ヴォルダン伯爵令息やムドラス伯爵令息が、またよからぬことでも始めたのだろうか。
「結論からお話しします。ムドラス伯爵令息が襲われました」
「え?」
「命に別状はないようですが、ひどい状態であるようです。今の所、意識は取り戻していないとか……」
「な、なんですって……」
マグナード様の言葉に、ミレリア嬢は目を見開いて驚いていた。
それは当然のことだろう。いくら仲が悪いとはいえ、弟がそんな風になったと聞いて冷静でいられる訳がない。
「さらにヴォルダン伯爵令息も、同じような状態らしいです。かなり手ひどく、痛めつけられたようです」
「ヴォルダン伯爵令息も?」
マグナード様のさらなる言葉に、今度は私が動揺することになった。
その二人といえば、あの事件に関わっていた二人である。
偶々その二人が同時期に襲われたなんてことが、あるのだろうか。私は突如もたらされた情報に、眉をひそめるのだった。
◇◇◇
ミレリア嬢は、アークウィル伯爵家にすぐに帰宅することになった。
弟が大変なことになっているのだから、それは仕方ないことだといえるだろう。
ただ問題は、ムドラス伯爵令息だけではなく、ヴォルダン伯爵令息も傷つけられていることだ。
その二人が関わっていた事件といえば、先日の私も関わった事件だ。
あの事件からあの二人は軟禁状態であった訳でし、何か関わりがあるかもしれない。
「そうは言っても、あいつらはいつもつるんでいたんだろう。それなら、別に二人が同時に襲われていたとしてもおかしくはない」
「しかし、彼らはナルネア嬢によって抑えつけられていたみたいですから」
「それでもひどい奴らだったんだ。何かしらの報復を受けたのかもしれない」
ブライト殿下は、今回の件に私達は関係がないという主張をしていた。
確かに、その可能性もある。あの二人のことだ。恨みは買っていただろうし、誰かが復讐したのかもしれない。
「そもそも、仮にお前達の件であいつらが復讐されたとして、それを実行するのは誰なんだよ。お前達は交友関係も広くない訳だし、そんなことをする奴がいないだろう」
「それは、そうなのですが……」
私とマグナード様は、ブライト殿下の言葉にぐうの音も出なかった。
私達に友達がいないのは、紛れもない事実である。故に報復したりする人もいない。とても納得できる理論だ。
「俺やお前が裏で色々と手を回しているが、そういう奴らがこんなことをする訳がない。そう考えていくと、俺達に関わることではないだろう」
「そうなのでしょうか?」
「ああ、そうだろう」
ブライト殿下は力説してくれているが、私やマグナード様はあまり受け入れられていなかった。
なんというか、とても嫌な予感がする。それが杞憂だったらいいのだが。
「まったく、お前達は心配性だな。大体、仮にあの二人が痛めつけられたことにあの事件が関係しているとしても、それで俺達に何があるっていうんだ」
「というと?」
「あいつらに矛先が向いているということは、こちらに矛先が向くことはないだろう。敵対関係としてはそうなる」
「それも、そうなのかもしれませんが……」
「まったく、二人とも何が心配なんだか……」
ブライト殿下は、そう言って頬をかいていた。
そう言われると、私も自信がなくなっていく。やはり私達が、心配し過ぎているだけなのだろうか。
ミレリア嬢には悪いが、このことはもう気にしない方がいいのかもしれない。どの道、彼女からの続報を待つしかない訳だし。




