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不憫な妹が可哀想だからと婚約破棄されましたが、私のことは可哀想だと思われなかったのですか?  作者: 木山楽斗
本編

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第16話 妹とともに

 期末テストを無事に乗り切った私は、実家に帰るために馬車に乗っていた。

 そんな私の正面には、妹であるエムリーがいる。彼女と一緒の馬車というのは、とても気まずい。できれば、避けたいものだった。

 しかし、姉妹が違う馬車で帰るというのも良くないと思っている。一応、両親の前では表面上は仲良くしているため、これは仕方ない措置なのだ。


「……」

「……」


 とりあえず私は、窓の外の景色を見てみた。それでいくらか、気は紛れる。

 そもそも、一人で帰ったとしても馬車の中が静かなのは変わらない。エムリーのことはいないものとして、考えるとしよう。


「……うん?」

「え? あっ……」


 そんなことを思っていると、馬車が幾分か大きく揺れた。

 その揺れによって、エムリーの体は大きく傾いた。


「あがっ……」

「……エムリー!」


 そして次の瞬間、エムリーは馬車の壁に頭をぶつけた。

 鈍い音が響いて、流石の私も心配してしまう。いやというか、エムリーから返答がないのだが。


「エムリー……っ! これは」


 エムリーの状態を確認しようとした私は、窓の外を見てあることに気付いた。

 外には、大きな体をした獣がいる。あれは熊だろうか。かなり近くにいるみたいだ。

 ということは、馬車に何が起こったかもわかってくる。恐らく、馬が怖がったことによって、激しく揺れたということだろう。


「とりあえず静かにしておかないと……」


 私は、窓の外を見ながらエムリーの体を慎重に動かす。

 血は流れていないし、息はしている。しかし、意識がないということは、まずい状態なのかもしれない。

 とはいえ、今御者にことを知らせてもどうにもならないだろう。あの熊がこちらを気にせず、御者が馬を鎮められることを祈るしかない。


「んんっ……」

「エムリー、気が付いたの?」

「あ、あれ?」


 そんなことを考えていると、エムリーが目を覚ました。

 色々と不安な状況ではあるが意識が戻ったというのは、嬉しいことだ。


「エムリー、驚かないで聞いてね。外に熊がいるの。それで馬が動揺して馬車が揺れたと思うのだけれど……とにかく、今は静かにしていて」

「エムリー? それは、誰ですか?」

「え?」


 焦りながら事情を説明した私に対して、エムリーはきょとんとした顔をしていた。

 そして彼女は、自分が誰であるかを聞いてきている。その事実に、私は固まっていた。


「というか、ここはどこで私は誰で……あれ?」

「ま、まさか……」


 エムリーは周囲を見渡して、疑問符を浮かべていた。

 それによって、私は悟る。彼女が記憶喪失になったということを。




◇◇◇




 結局馬車は、無事に最寄りの町まで辿り着いていた。

 熊は馬車に興味を持たず、すぐに離れて行ったのである。

 それからは御者から、平謝りされた。とはいえ、今回彼に罪があるという訳ではない。あんな所に熊がいることなんて、予想外だっただろうし。


「あの、それでどうなんですか? エムリーは……」

「これは、記憶喪失ですね。私も専門ではないので、詳しいことは言えませんが……」

「やはり、そういうことなのですね」


 最寄りの町は、それ程大きな町ではない。そのため、診療所程度しかなかった。

 とはいえ、この町医者の診断は急な貴族の患者にも、特に動揺せずに対応してくれた。恐らく場数を踏んでいるのだろう。その診断は、信頼できそうだ。


「念のため、大きな病院などで診てもらった方がいいですね。ただ、外傷や脳に異常なども見つかりませんでしたから、その点はご安心ください」

「あ、ありがとうございます」


 先生から話を聞いた私は、エムリーの方に視線を向けた。

 この話の最中、彼女はずっとニコニコしている。いつもならそれは表面上だけの笑みだと思うのだが、今は本心からの笑みだろう。


「あ、私もお礼を言わなければなりませんね。ありがとうございます、先生」

「いえいえ、お大事にしてくださいね」

「はい。お大事にします」


 私は一瞬、エムリーの頭から花でも生えているのかと錯覚していた。

 なんというか、彼女はとてもほんわかとしている。以前の妹を知っている身からすると、それはとても奇妙なことなのだが、とにかく彼女は人が変わった。


「お姉様、これから私はどうすればいいんですか? 確か、里帰りの途中だったのですよね?」

「え? ええ、そうね。まあ、ここからなら実家に戻って病院に行くのがいいかしらね」

「お父様とお母様に会うんですか? 少し不安です」

「大丈夫、二人とも温かく迎え入れてくれると思うわ」

「そうなんですか?」

「ええ、そうですとも」


 今のエムリーは、幸か不幸か善良だった。

 そんな彼女にはいつも通りの対応なんてできないし、正直私は困っている。


「ふふ、頼りになるお姉さんがいて良かったですね」

「はい。お姉様がいてくれて、良かったと本当に思います。何も思い出せないのが、とてももどかしいのですけれど」


 エムリーの少し申し訳なさそうな顔に、私は思わずそんなことを言ってきた。それに私は、苦笑いを浮かべるしかない。

 正直な所、彼女に記憶を思い出して欲しいのかどうかは、自分でもよくわからなかった。私としては今の彼女の方が絶対にいいと思うのだが、思い出さなくてもいいと言い切れないのだ。

 まあとにかく、起きてしまったことは仕方ない。とりあえず私は、エムリーを実家まできちんと連れて帰ることにしよう。




◇◇◇




「まさか、記憶喪失とは……」

「そういうものがあるとは認識してはいたけれど……」

「ああ、実際に周りでそのようなことが起こるとは思っていなかったことだ」


 お父様とお母様は、エムリーの記憶喪失にかなり驚いているようだった。

 それは当然のことである。私だって、まだ事実を完全に受け入れられている訳ではない。未だに信じられないことなのだ。


「まあ、それ以外に問題がなかったということを喜ぶべきだろか」

「そうですね。確かに怪我がなかったことは何よりです」


 お父様とお母様は、そんなことを話しながら笑顔を浮かべていた。

 二人は、エムリーのことを本当の娘だと思っている。例の事実が判明してから、両親とは初めて顔を合わせるので、私は改めてそのことを実感していた。

 そういえば、エムリーはそのことも忘れてしまっているのだろうか。そのことについては、話し合っておかなければならないかもしれない。


「お父様、お母様、エムリーの出自のことなのですけれど、今の彼女にそれを話しますか?」

「……そのことか。確かに、考えるべきことではあるな」

「どちらがいいかは、微妙な所ですね。でも、事実を隠していると、いざ知った時に傷つくかもしれません。早く話しておいた方がいいのではないでしょうか。それがあの子のためになると、私は思います」

「ああ、私も気持ちは同じだ」


 お父様とお母様が言っている通り、エムリーに事実は話しておくべきだろう。

 何かの拍子に知って傷つけるよりも、その方がいい。実際に、記憶を失う前の彼女はひどく憔悴していた訳だし、ここは家族会議の場を設けて、きちんと話しておいた方が良さそうだ。


「イルリア、先に言っておく。私達は、エムリーのことを……」

「お父様、言われなくてもわかっています。私も今更、エムリーのことを妹でないなんて思うことはできませんから」


 私は、お父様の言葉を遮った。

 エムリーとは色々とあった訳だが、それでも彼女は妹でしかない。それはずっと思っていたことだ。

 仲の悪い姉妹、それが私達の関係性である。それ以上でもそれ以下でもない。


「そうか。お前がそう思ってくれているならそれでいい」


 お父様は、そのように短く言葉を返してきた。

 両親は、私達の関係をどう思っているのか。それは実の所不明だ。わかっているような気もするし、わかっていないような気がする。

 まあ、どちらにしても、その真偽は今はそれ程重要ではない。今はそれよりももっと重大なことに、対処しなければならないのだから。




◇◇◇




「私が、お二人の本当の子供ではないですか……」


 自らの出自を知ったエムリーは、驚いたような顔をしていた。

 やはり、衝撃的ではあったのだろう。その目は見開かれている。

 ただ、以前のように絶望しているといった感じではない。家族であると思っていた期間が短いため、前よりは衝撃がなかったということだろうか。


「言っておくが、私も母さんもお前のことは本当の娘だと思っている。イルリアもそうだ」

「あなたがそのことを気にする必要はないの。でも、伝えておかなければならないことだったから……」

「なるほど……」


 お父様とお母様は、少し焦った様子でフォローをしていた。

 この事実を知らせたことによって、エムリーが遠慮したりすることを恐れているのだろう。

 ただ、記憶を失った彼女は元々遠慮がちだった。どちらにしても、距離感というものは生まれてしまうものなのだろう。


「……」

「……うん?」


 そこでエムリーの視線は、私の方に向いた。

 その視線に、私は首を傾げる。一体、どうしたというのだろうか。

 もしかして、私の意見が求められているのかもしれない。両親もこちらを向いているし、これは何かを言っておいた方が良さそうだ。


「あなたは私の妹よ。それは何があっても変わらないこと。あなたが私の妹でなくなることはないの」

「……そうですか」


 私が力説すると、エムリーは笑顔を浮かべていた。

 なんというか、両親に言葉をかけられた時と反応が違う。二人の言葉と私の言葉に、そこまで違いはなかったと思うのだが。


「……どうやら、エムリーはあなたを頼っているみたいね?」

「えっと……」


 そんな風に思っていた私に、お母様が小声で話しかけてきた。

 頼られている自覚は、もちろんある。そのため、お母様に言われたことに驚きはない。

 ただ、その理由がよくわからなかった。だから困惑することしかできない。


「もしかしたら、刷り込みなのかもしれないわね」

「刷り込み……ああ、確かに彼女が記憶を失って初めて会ったのは私ですね」

「右も左もわからなくなったあの子にとって、あなたの存在はとても心強いものだったのでしょうね。年が近いこともあるかもしれないけれど」

「なるほど……」


 お母様の理論は、納得できるものだった。

 状況的に、エムリーが私のことを慕うのは当然のことなのかもしれない。

 しかし、私としては少々複雑だった。あのエムリーに慕われるなんて、どう反応していいのかがわからない。


「あの子のことを頼めるかしら?」

「え、ええ、できる限りのことはしますが……」


 お母様の言葉に、私は頷くしかなかった。

 どうやら、この夏休みはゆっくり休めるという訳でもなさそうだ。私はこれからの困難に、眉を顰めるのだった。

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