第15話 ひとまずの休息
最近、魔法学園からは人がよくいなくなる。
ヴォルダン伯爵令息とムドラス伯爵令息が退学したことによって、学園ではそのような噂が立ち始めた。
その全てに関わっている私は、やはり立場が悪い。人々から、噂されているというのが現状だ。
ただ、その状況にはもう慣れている。今更、何か思うものではない。
そんなことよりも重要なのは、マグナード様を始めとする友人ができたことであるだろう。
特に今回の件でできたミレリア嬢とは同性ということもあって、かなり親密にさせてもらっている。
ちなみに彼女は、特に問題なく復学することができた。
例の件で後遺症が残ることなどもなかったし、万々歳だ。
「ここが、イルリア嬢の部屋ですか?」
「ええ、なんだか少しお恥ずかしいんですけど」
「いえいえ、綺麗な部屋ではありませんか」
ある日の放課後、私はミレリア嬢を寮の自室に招いた。
友人を部屋に招くなんて、初めての経験である。それは考えてみると、エムリーが入学してくる前からからだ。
そう考えると、私には今まで親密な人はいなかったといえるのかもしれない。マグナード様やブライト殿下、ミレリア嬢とは色々と苦難を乗り越えた仲であるため、特別に仲良くできているということなのだろうか。
「当然といえば当然ですが、寮の部屋というものはどこも同じ造りなのですね?」
「そうなんですか? でも、身分によって違ったりするんじゃ……」
「いいえ、多分学園ではそういうことはないと思いますよ。あくまでも平等が、学園の原理なのですから」
「なるほど……」
ミレリア嬢は、私よりも身分が上の伯爵令嬢だ。
そんな彼女でも、私とまったく同じ大きさの部屋で暮らしているというのは、少し意外なことである。
別に私は気にならないのだが、不平や不満を述べる人などはいないのだろうか。例えばナルネア嬢とかは、文句を言ってそうだ。
「あまり広い部屋ではないので、私よりも身分が上の方々は窮屈だと思っていそうですね」
「イルリア嬢だって、そう思ったのではありませんか? ご実家の自室が、このくらいの大きさという訳ではないでしょう?」
「……確かに言われてみれば、そうかもしれません。入学した時はそんな風に思っていたような気がします。今はもう、居心地が良すぎるというか」
「住めば都、ということでしょうかね」
私は、ミレリア嬢とそんな会話で花を咲かせていた。
なんというか、今日はこれから楽しい時間が過ごせそうだ。そんなことを思いながら、私は笑顔を浮かべるのだった。
◇◇◇
「それで実際の所、どうなんですか?」
「えっと、どうとはどういうことでしょうか?」
「マグナード様のことです」
紅茶とビスケットを用意してから、私はミレリア嬢と話を始めていた。
そこで彼女が聞いてきたのは、マグナード様のことである。
もしかして今回の訪問は、真面目な話をする場だったのだろうか。先日のマグナード様の様子を思い出して、私は思わず面食らってしまう。
「前々から気になってはいたんです。でも、色々とあってお聞きする暇がなくて、ずばりお二人は親密な仲なのですか?」
「え?」
続くミレリア嬢の言葉に、私は変な声を出してしまった。
彼女が何を言っているのかは、理解することができる。要するに、私とマグナード様が恋仲かどうかを聞いているのだろう。
しかし、どうしてそうなったのかが私にはわからない。ミレリア嬢は、急に一体どうしたというのだろうか。
「ミレリア嬢? 私とマグナード様は、ただの友人ですよ?」
「ただの友人? まさか、そんな訳……」
「あの、ミレリア嬢? なんでそんなに楽しそうなのですか?」
ミレリア嬢は、今まで見たことがないような蕩けた笑みを浮かべていた。
もしかして、彼女は恋愛の話などが好きなタイプなのだろうか。それは初めて知ることだったため、私は少し驚いていた。
とはいえ、私も別にそういった話が嫌いという訳ではない。もっとも、その話の当事者が自分であるとなると、話は大いに変わってくるのだが。
「言っておきますが、私とマグナード様は本当になんでもありませんからね?」
「本当ですか? でも、お二人は仲良くされているではありませんか」
「私と彼とでは、身分が違い過ぎます。子爵家と公爵家なのですから、恋愛が成立するような関係性ではないのです」
「同じ貴族なのですから、そんなことはないと思いますけれど」
「貴族の中にも身分の差はあります。私と彼とでは、それが釣り合いません」
ミレリア嬢からの質問を、私はなんとか躱そうとしていた。
この話は、できれば続けたくない。なんというか、気持ちがざわざわとする。
「それなら、もしもの話をしましょうか。仮にマグナード様が子爵家の人間だったとして、お二人の身分が釣り合っている場合は、どうなのでしょうか?」
「え?」
「それでもイルリア嬢は、マグナード様には興味がないと仰るのでしょうか? そこの所、本音を聞かせてもらえませんか?」
「そ、それは……」
ミレリア嬢からの質問に、ゆっくりと目をそらすことになった。
その質問には、とても答えずらい。なぜならそれは、私がずっと考えないようにしていたことだからだ。
◇◇◇
「おはようございます、イルリア嬢」
「お、おはようございます、マグナード様……」
ミレリア嬢と寮で色々と話した翌日、私は登校していた。
登校すると、いつも通りにマグナード様が挨拶してくれる。事件の後は反省していたのか、少し元気がなかった彼も、今はすっかり以前のように戻っている。
それはとても喜ばしいことではあるのだが、今の私は彼の顔をまともに見られなくなっていた。原因はわかっている。ミレリア嬢が、色々と余計なことを言ってくれたおかげだ。
「どうかされましたか? なんだか、変ですね?」
「え? そ、そうでしょうか?」
挙動不審だったからなのか、マグナード様は私の様子を指摘してきた。
基本的に、彼は聡い人である。だからこそ、昨日のことを引きずりたくなかったのだが、一晩寝ても残念ながら落ち着くことはできなかった。
「ああそういえば、昨日はミレリア嬢を部屋に招いていたのでしたね? もしかして、それが原因なのでしょうか?」
「え? えっと、その、それは……」
いくらマグナード様が聡い人だからといって、原因まで見抜かれているとは驚きだ。
驚きすぎて、言葉が出て来ない。一体彼は、どこまで把握しているのだろうか。
「仲が良いことはいいことだとは思いますが、あまり夜更かしなどしてはいけませんよ。それで翌日に支障が出るというのは、良くありませんからね。ですから次は休みの前日などにお誘いしたらいかがでしょうか?」
「あ、はい。そうですね……」
マグナード様の言葉に、私は安心していた。
どうやら彼は、私が単に夜更かして疲れていると思ったらしい。ミレリア嬢と夜通しして話したとでも、思っているのだろうか。
ただ実際の所、昨日は日が暮れる頃には別れていた。それ以上いると明日に支障が出るかもしれないと、ミレリア嬢が帰ったのだ。
「ミレリア嬢とは、楽しい時間を過ごすことができました」
「そうですか。それは何よりです。彼女はお元気ですか? 違うクラス故に、あまり顔を合わせませんから、実の所少し心配していたのです」
「ああ、それに関しては安心してください。とても元気でしたから」
「そうですか」
私の言葉に、マグナード様は安心したように笑顔を浮かべていた。
やはり彼も、先日の件で傷ついたミレリア嬢のことが、かなり心配だったのだろう。立場的に、彼女を直接訪ねることなどは、避けていたのかもしれない。
ちなみに、そのミレリア嬢は元気が有り余っていたと思う。有り余っていなかったら、あんなに私を問い詰めてはこなかっただろうし。
◇◇◇
「そういえば、もうすぐ長期休暇ですね?」
「え?」
ミレリア嬢の話が一区切りついてから、マグナード様が問いかけてきた。
マグナード様と話すことに関して緊張しているのもあるが、その内容に私は面食らっていた。そのことがすっかり頭から抜けていたからだ。
「あれ? そういえば、もうすぐ夏休みなのですか?」
「ええ、そうですね。期末のテストが終わったらそうですが」
「期末テスト……すっかり忘れていました」
マグナード様の指摘に、私は頭を抱えることになった。
ここ最近は色々とあったため、学園の行事というものが頭から抜けていた。
期末テスト、それは学生にとっては乗り越えなければならない試練だ。できれば忘れて痛かった気もするが、マグナード様のお陰で大切なものを思い出せた。
「勉強しなければなりませんね……」
「イルリア嬢は、成績はどうなんですか?」
「悪くはありませんよ。普通だと思います」
私の成績は、別に悪かったりはしない。ただ特別良いという訳ではないため、並である。
そんな並の私は、ちゃんと勉強しなければ、ちゃんとテストの結果に反映されてしまう。ここ最近は勉強できていなかったため、頑張らなければならない。
「マグナード様はどうなんですか?」
「そこそこ、といった所でしょうか。上の方ではあると自負しています」
「そうですか。それなら安心でしょうか?」
「安心することはできませんね。油断したら足元をすくわれてしまいますからね」
私の言葉に、マグナード様は苦笑いを浮かべていた。
しかし彼は大丈夫そうだ。なんとなくではあるが、そう思う。
「所でイルリア嬢は、夏休みの予定などはあるのですか?」
「え? いえ、特には何もありません」
「ご実家に帰られるつもりなのでしょうか?」
「それはもちろん、両親に顔を見せに帰るつもりです」
マグナード様からの質問に答えてから思い出した。
よく考えてみれば、実家に帰るとエムリーと顔を合わせることになる。それはとても気まずい。
とはいえ、お互いに帰らないという選択肢を取ることはないだろう。それについては、覚悟をしておくしかなさそうだ。
「マグナード様も、戻られるのですよね?」
「ええ、そのつもりです。色々とありましたから、色々と言われることになるとは思いますが、この際思い切り叱ってもらうことにします」
「それは……」
マグナード様の言葉に、私は少し面食らっていた。
しかし、それはきっと彼にとっては必要なことなのだろう。
そんなことを話しながら、私とマグナード様は朝の時間を過ごすのだった。




