第13話 一瞬の攻防
マグナード様の知人が彼に報告をするために離れた一瞬の間で、ヴォルダン伯爵令息とムドラス伯爵令息は姿を消したらしい。
放課後であるため、寮に戻ったのではないか。そう質問した私達に、知人は首を横に振った。そちらについては、既に調べているそうだ。
それなら、図書室とかそういった施設にいるかもしれない。そんな希望的な観測は、抱くべきではないだろう。
彼らはこちらの動きをある程度理解しており、隙を伺っていたのだ。これから何か、仕掛けてくるかもしれない。
「え? いない?」
「ええ、教室から出て行ってから、帰って来ていませんね……」
「彼女の荷物は?」
「あそこに残したままです」
とりあえず私とマグナード様は、ミレリア嬢の元を訪ねていた。
しかし、彼女は教室にいなかった。荷物を残して、どこかに消え去ってしまったらしい。
その事実に、私とマグナード様はまた顔を見合わることになった。なんというか、とても嫌な予感がする。
「二人は、こちらの動きをある程度理解していた。ということは、ミレリア嬢が何をしたのかも把握していたということになります」
「マグナード様、それって……」
「ええ、二人が彼女を狙ったとしても、おかしくはありません」
マグナード様が語ったことに、私は固まってしまった。
私は今朝、ミレリア嬢と友人になったばかりだ。そんな彼女に危機が迫っているなんて、考えてもいなかった。
なんというか、猛烈に後悔の念が湧いてきた。どうして私は、もっと彼女のことを気にかけていなかったのだろうか。
「とにかく、ミレリア嬢を探さなければなりません。二人が関与していようがいまいが、今は彼女の所在が重要です」
「ええ、そうですね……」
私は、マグナード様の言葉にぎこちなく頷いた。
ミレリア嬢のことが、とにかく心配だ。どこにいるかはわからないが、早く見つけてあげたい。
「ただ、もちろん単独行動は厳禁です。僕とイルリア嬢は固まって動きましょう」
「わかりました」
マグナード様は、こんな時でも冷静だった。
そんな彼を見習わなければならない。焦っていても仕方ないのだから。
私は、一度深呼吸をする。そのおかげで、少しだけ落ち着けた。そして、見えてくるものがあった。
「あ、そうだ……あの二人は、ナルネア嬢のことを信奉していました。ということは、人を連れて行くなら彼女と同じ場所なのではないでしょうか?」
「校舎裏ですか。その可能性はありますね。なんだかんだ言って、やはりあそこが一番人気が少ないですから……とりあえず、そこに行ってみましょうか」
「はい」
私は、マグナード様の言葉に力強く頷いた。
こうして私達は、ミレリア嬢の捜索を開始するのだった。
◇◇◇
「それで、校舎裏か」
「ええ……」
「冴えているじゃないか、イルリア嬢。確かにそこが一番あり得そうだ」
「いえ、そんな……」
私とマグナード様は、ブライト殿下にも声をかけて校舎裏に向かっていた。
廊下を走るのはあまり良くないのだが、今は仕方ない。非常事態故に、校則などは考えないようにしている。
「さてと、それでその校舎裏だが……」
「なっ……!」
「これは……」
校舎裏にやって来た私は、目の前の光景に固まっていた。
そこには、二人の男性と一人の女性がいる。それだけで良い状況ではないことは理解することができるのだが、それにも増してひどい状況だった。
一人の女性は、猿轡をかまされて横たわっている。
彼女は虚ろな目をしている。意識はあるが、私達が来たことは恐らく理解できていないだろう。
そんな状態になったのは、そこにいる二人の男性が彼女に危害を加えたからだ。それは、考えるまでもないことである。
「おい、ムドラス。カモがネギをしょってきたみたいだぜ」
「あれは……イルリアとマグナードか」
「王子のブライトもいやがる。ナルネア様をあんな状態にした奴らだ」
二人の男性――ヴォルダン伯爵令息とムドラス伯爵令息は、私達に対して鋭い視線を向けてきていた。
こうして二人の顔を見るのは初めてではあるが、なんとも恐ろしい顔をしている。外見で人を判断してはいけないが、明らかに悪人といった感じだ。
だが、私はそんな二人に怯んではいなかった。私の傍に、もっと怖い人達がいたからだ。
「屑共が……」
ブライト殿下は、その表情を歪めて二人のことを見ていた。
彼は、怒りが表に出やすいタイプであるらしい。拳を握り締めて、今にも二人の悪漢に食ってかかりそうな雰囲気だ。
「……」
一方で、マグナード様は冷ややかな表情をしていた。
ブライト殿下のように激昂してはいないが、それでも彼が怒っていることは伝わってくる。
そんな風に思っていると、私の目の前に風が吹いた。それを感じた瞬間、私はマグナード様の姿が消えていることに気付いた。
「あいつ……おい、待て! マグナード!」
私とほぼ同時に気付いたブライト殿下も、駆け出す。二人の行き先は、当然ヴォルダン伯爵令息とムドラス伯爵令息だ。
「はっ! ひょろい公爵令息に何ができると――」
「黙れ」
「え? あぐっ……!」
次の瞬間、辺りに鈍い音が響いた。
それがマグナード様の拳が、ヴォルダン伯爵令息の顎を砕いた音だとわかったのは、一人の悪漢が力なく崩れ落ちたのが目に入ってからだった。
「ヴォ、ヴォルダン?」
相方が崩れ落ちたのを見て、ムドラス伯爵令息は目を丸めていた。
しかし、彼はすぐに気付いた。今が、驚いている場合ではないということに。
ただ、それでも判断は遅かった。既にブライト殿下は、ムドラス伯爵令息の後ろに回っている。
「あがっ、痛っ……」
「少し大人しくしていろ」
ブライト殿下は、ムドラス伯爵令息を冷静に拘束していた。
その手際は、見事としか言いようがない。彼はマグナード様よりもともすればスマートに、一人の悪漢を制圧したのである。
「……ミレリア嬢!」
それを見た私は、ほぼ反射的にミレリア嬢の方に近寄っていた。
私は身を屈めて彼女に呼びかける。とりあえず意識があるかどうかを、確認しておきたかったからだ。
「んんっ……」
「今、外しますから。どうか落ち着いてください」
私はミレリア嬢が窒息したりしないように、猿轡となっている布を外した。
恐らく、彼女に声を出させないようにするためにこうしていたのだろう。それだけで、ヴォルダン伯爵令息とムドラス伯爵令息の恐ろしさが伝わってくる。
「イルリア嬢……」
「ミレリア嬢、大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか……少し殴られたりしただけです」
「ミレリア嬢……」
ミレリア嬢は起き上がったものの、私にゆっくりと体を預けてきた。
その体には、力がない。かなり憔悴しているようだ。
「マグナード様、お願いが……」
「ええ、人を呼んできます」
私が目配せをすると、マグナード様はすぐに意図を理解してくれた。
ヴォルダン伯爵令息の方は、マグナード様が存分に懲らしめてくれたのでしばらくは動けないだろう。多分、一人がこの場を離れても問題はないはずだ。
マグナード様は、迅速に動いてくれた。恐らくすぐに、誰かが来てくれるだろう。
「ちっ! くそがっ!」
「おい、大人しくしろ」
「痛っ……お、お前、少しは……」
「往生際の悪い奴だな……お前もああなりたいのか?」
「ひっ……!」
しばらく暴れていたムドラス伯爵令息も、ブライト殿下が黙らせてくれた。
彼に関しては、実の姉をこんな目に合わせているという観点から、ヴォルダン伯爵令息以上に恐ろしく思えた。
いや理解できないという意味において、この二人に差をつけるというのも愚かな話だ。どちらにしても、理解できない化け物達である。
「ミレリア嬢、大丈夫ですからね。すぐに人が来ますから」
「はい……」
エムリーやロダルト様、ナルネア嬢の時よりも、私は憤っていた。
この化け物達には、厳正な裁きを下さなければならない。ミレリア嬢の体をそっと抱き止めながら、私はそんなことを思うのだった。




