90『誕生日はいつ?』
久留里は光属性魔法を強化させる《癒昇恩寵》のスキルを持っている。
だから転移魔法を“ひらめいた”のかもしれない。
光ってのは距離を無視するほど最短でそこに辿り着いてしまう性質だからな。
異世界ならば街から街へとワープできる転移魔法だが、ダンジョン内では階層のワープくらいしかできないだろう。
でもそれでも十分すぎる。帰路が一瞬で終わるなんて最高だ!
ちょうどお昼ごろに久留里と一緒にオフィスに戻ってきた俺は、真希から弁当を渡された。
いつもは弁当箱で、食べ終わったあとにそれを給湯室で洗って返しているのだが、今日は紙でできた箱だった。サンドイッチだろうか?
箱を開けてみると、中にはケーキが入っていた。
「苺のショートケーキ……しかもホームメイドっぽいけど、なんで?」
「だって、今日はあなたの誕生日でしょ」
「……あ!」
そうか、俺は34歳になったのか。
ルーシェルは今日が俺の誕生日だと知ると飛び上がった。
「今日はユウト様の誕生日なのですね! おめでとうございます。今夜は楽団や曲芸師を呼んだ盛大なパーティーをされるのですか?」
「あ……ありがとう。そして、一般的な日本人はそういうのはしないです」
蕎麦屋から出前を受け取った鯨山さんが自分とルーシェルの机に蕎麦を置いた。ルーシェルは俺の引越しのときに食べてから蕎麦が好物になったらしい。
「はい、ルーシェルさんはもり蕎麦で良かったんですよね。誕生日といえばルーシェルさんには誕生日がないんですね」
「え……ええ、まあ……はい」
本当はあるんだろうけどさ。
人間族の暦よく知らないけど、たぶん「蒼月環、第二十三転」とかそういう感じのやつが。
でもたしかにそうだな、彼女は自分の本名すら思い出せない記憶喪失者ということになっているから誕生日がないのか。
「奥野さん。ルーシェルさんに仮の誕生日でもいいので、あったらとても良いと思いませんか? そしたらお祝いできますし」
「おお、そうだね! じゃあルーシェル、誕生日は何月何日にする?」
ルーシェルは眉間にしわを寄せた真剣な顔で考え、そして「あっ!」と良いことを思いついたという感じで笑顔を俺に向けてきた。
「決めました、今日を私の誕生日にいたします!」
「え? 今日?」
「そうすればユウト様と毎年同時に1歳増えることになりますから。それってすごく特別な感じがして素敵だと思うんです」
ルーシェルは椅子ごと俺に近づいて、嬉しそうに体をくっつけてきた。
真希は自分の分のショートケーキを食べながらルーシェルを睨んだ……ように見える顔をした。
「……前から少し気になってたんだけど、そうやってユウト様ユウト様って、あまりベタベタしない方がいいわよ」
「マキ様、それは、な……何故ですか?」
「もしもあなたに忘れてしまっている恋人や結婚相手がいたら、記憶を取り戻してから困るでしょ」
「こ……恋人なんていません! いたこともありません!」
「何故そう言い切れるの? どうして?」
「そ……それは……」
いつもながら真希は物言いがキツいな。
ルーシェルもうっかり変なことを言ってしまいそうだし、ルーシェルをここから逃した方が良さそうだ
「ルーシェルにも誕生日ケーキが必要だな。ルーシェルが食べたいのを選べばいいから外に買いに行こう……蕎麦食べ終わったら外に出るぞ」
「はいっ!」
そしてケーキ屋から戻る途中、ルーシェルの足が楽器店の前で止まった。彼女はショーウィンドウの中に飾られていた銀色に輝くフルートを見つめている。
「どうした? それが欲しいのか?」
「いやっ、その……そんな顔をしていましたでしょうか? お恥ずかしいです」
「じゃあ、フルートを誕生日のプレゼントにするか」
俺はルーシェルと一緒に楽器店に入ってフルートを購入した。ルーシェルはケースに入ったフルートを嬉しそうに抱き抱えている。
オフィスに戻り、ギルドメンバーに囲まれながら俺は真希が作ってくれたショートケーキに、ルーシェルはケーキ屋で買ったチョコレートケーキにロウソクを立て、同時に火を吹き消した。
パンッ! パンッ!
クラッカーが鳴り、「誕生日おめでとう!」と全員が声をあわせてくれた。
真希が何かを手に、ルーシェルのところにやってきた。
ルーシェルはまた何かを言われるんじゃないかとあきらかに身構えている。
「3年くらい前にダンジョンでアイテムボックスから見つけたものだけど、あなたにあげるわ」
「これを……私に?」
「私には似合わないから。お姫様みたいなあなたが持っておいたほうがいいでしょ」
「こんな素晴らしい誕生日の贈り物を……あ、ありがとうございます!」
真希がルーシェルにプレゼントしたのは、優雅で華美な首飾りだった。どんな効果が付与されているのかは知らないけど、たしかに真希がつける姿は想像できない。
真希がルーシェルを嫌っているわけではなくて、よかった。
「では皆様に祝っていただいたお礼に、そしてユウト様のお誕生日をお祝いして、1曲ご披露いたします」
ルーシェルのフルートは見事だった。
こんな特技があったのか……お姫様だからこういうのも“嗜み”として学ばされてきたのかもしれないな。
そしてそれは聴いたことがない曲のはずなのに、何故だか妙に懐かしさを感じさせた。
楽器は西洋のものだが、その調べは古い日本の……雅楽と似ているかもしれない。
ルーシェルのエメラルド色に輝く美しい瞳と目があう。
真希からもらった首飾りがあまりにも似合っているせいか、それとも彼女の髪色と似た銀色のフルートを演奏する凛とした立ち姿の美しさのせいか、ドキっとしてしまった。
演奏が終わってお辞儀するルーシェルを全員が拍手で称えた。
簡単な誕生日会が終わり、全員が席に戻ってすぐ、PCでメールチェックをしていた鯨山さんが「奥野さん、やりましたよ!」と声をあげた。
「どしたの?」
「前に応募しておいた、世界最大の……ニューヨークダンジョンの挑戦権が手に入りました!」
次回
エピソード91『はじめての海外』




