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89『動画の拡散』

腕を組んだ俺と額に手を当てた雪奈は、だだっ広いオフィスの隅っこで困り顔を突き合わせていた。



「今朝からネットで大変なことになっちゃってるね……」


「あのストーカーの生配信を観てた人がひとりだけいて、その人が録画していたのを切り抜いて昨日の夜に投稿したっぽいな。映像が暗くて場所の特定まではされてないけど」


「しばらく私は勇人くんの家には近づかない方が良いかも。このことで週刊誌記者に狙われてるみたいだから……」


「雪奈はタレントみたいな存在でもあるしな、ゴシップ好きな連中が興味持ちそうだもんな」


「でもね、私は勇人くんと噂になっても別に……」



コソコソと話している俺たちのところにゴシップが大好物そうなのが、目をキラキラさせながらやってきた。



「ねえねえ、ユッピーと雪奈さんって付き合ってたのー!? ネットで超盛り上がってるよ! ほとんど魔王様叩きだけど、俺の雪奈さんに近づくなよーとか!」



久留里だけに説明しても、絶対に間違った情報が西新宿ギルド内で“拡散”しそうな気がしたので、俺は全員の前で自分の家で起きた出来事を話した。


PCに向かいながら俺の話を聞いていた真希は、ダンジョン外での魔法についてネット上でどういう感じに話されているのを調べていたらしい。



「まだ本物かフェイクかで意見が割れてるようだけど、ちょっと面倒なことになるんじゃないかしら?」


「警察の報告書では魔法は使ってないということにはしてもらってる。だから大丈夫だとは思うけど……」


「それにしても……ダンジョンの外で魔法が使えたのが驚きね」


「一般市民にとっては驚きよりも恐怖を与えるかもしれないから、できればフェイク動画だったということになって欲しいんだけどな」



久留里は「緊急報告動画」を撮影するんだとか言って、準備をはじめた。

カメラに向かって何かを話すつもりのようだが、さすがに今回ばかりは内容は確認させてもらうことにする。



久留里はオフィスの一角に彼女が勝手に作った“くるりんスタジオ”に入った。

鯨山さんが三脚に乗っけられたビデオカメラのRECボタンを押す。



「はいどーもー! 西新宿ギルド所属のくるりんでーす! それでさっそく本題なんだけど、みんなもう見た!? 今ネットでバズり散らかしてるあの動画!!」


────緊急報告だからか、なんとなく真剣な顔つきっぽい気もする。


「雪奈さんがストーカーに襲われて、そこに魔王様が現れてってやつね! もうトレンド入り寸前って感じで、TLそればっかりなんだけどー!」


────しかし、よくそうペラペラ澱みなく、しゃべれるなと感心する。


「で! ここからが本題なんだけど、ダンジョンの外で魔法使ってるんじゃないか説が出てるよね?」


────おっ、良い感じに否定してくれよ。


「一応ね、現時点ではフェイクかどうかで意見割れてるって感じだけど専門の人たちは理論的にはあり得ないって言ってるね!」


────そうそう、それでいい。あとは久留里が「いつも魔王の近くにいるけどあんなのは見た事ない」「嘘っぽい」とでも言っておけばいい。


「でもでもでも! 映像見た人ならわかると思うけど、あれ普通に怖くない!? 演出とかってレベルじゃなくない!?」


────ん? んん?


「あとあと! みんな気になってるでしょ!? 雪奈さんと魔王様のなんだか怪しい関係!!」


────それにも触れるのか……適当に誤魔化してくれよ。


「名前呼びしてたし! 距離感バグってたし! あれ見て『何もありません』はちょっと無理あるでしょっていう! 私もそう思う! みんなはコメント欄であの二人がアリだと思うかナシだと思うか教えてねー!」


────おいっ!


「確定情報はまだ出せません! だけど私は雪奈さんと魔王様に直接話が聞けますから! 新しい情報が入ったらまたすぐまとめるのでお楽しみに!」


────否定も肯定もしないで次回に引き延ばして、また再生数稼ぐつもりか……。


「はい! ということで! 高評価とチャンネル登録よろしくるりんっ! ……は〜いモモちゃんカメラ止めていいよー! ユッピーどうだった? 完璧っしょ?」


「ダメに決まってるだろ!」


「えええ!?」



俺と久留里は外に出て、冬の新宿西口を一緒に歩いた。

久留里はさっき撮影のために着ていた小悪魔系装備からモワっとしたコートとミニスカートにブーツという格好に着替えていた。

ツインテールにしていた髪はほどいて、ベースボールキャップをかぶっている。



「なんで、外に出ようなんて誘ってきたんだ?」


「なんとなくだよー」


「しかしネットって怖いなって思ったよ。これまでも魔王軍とかがバズったことはあったけど、今回は拡散のスピードが全然違う」


「念写は止まってるけど、映像って動いてるし音もあるから、やっぱりインパクトあるもんねー」



たしかにインパクトはあった。かなり暗くて画質も音質も悪かったけど、あの映像は「人類がはじめて魔法を映像記録に残したもの」ではあるんだからな。



「ユッピーちょっと異常すぎ、スキルも魔法もー。おかげで私もどんどん有名になれてるんだけどね!」


「そっかー、それは俺も嬉しいよ」


「ねえねえ、ユッピーって本当に雪奈さんと付き合ってないの?」


「え? ああ、そういう関係じゃないよ。そもそも俺と雪奈じゃ釣り合わないだろ」



そう答えた俺の顔を、久留里は「ふ〜ん」という顔で見ていた。

何か言いたいことでもあるのだろうか?



「ま……別にいいですけどねー。そういえば私、この前の茨城のダンジョンで新しい魔法を“ひらめいた”んだよー! 褒めてー!」


「へえ、それは凄い……な……って、なんですぐ言わなかった!? それで、どんなのが使えるようになったんだ?」


「解毒魔法と、自動回復魔法とぉ……」


「ちょっと待て! ひとつじゃないのか? しかもどっちも使えすぎるな」


「で、あとひとつがねー」



久留里はなぜかちょっとだけドヤ顔になった。



「転移魔法かな」



一瞬、言ってる意味がわからなかった。



「転移って……あの転移か?」


「うん、そうそう! 通過したフロアだったらピューンって全員で戻れると思うよー! 黙っておいてカッコよくお披露目しようと思ってたんだけど、黙ってられませんでしたー!」




こういうのを天才っていうんだろうか?

これは────ダンジョン攻略が全然違ってくるぞ。




次回

エピソード90『誕生日はいつ?』

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