87『ドーピングバフ』
「奥多摩ダンジョン」はここが本当に東京都なのか? と思うくらいの自然豊かな場所にあった。
高い鉄壁で囲まれた自動車のスクラップ工場内にダンジョンの巨石がある。
いつもの装備を身につけた俺と雪奈、そして「警視庁」と「POLICE」の文字が入ったダンジョン装備の市村刑事と小笠原刑事は、車を降りてダンジョンへと向かった。
「あン? なんだテメェら? 勝手に入ってくンじゃねえよ」
ダンジョン前には5人の男性がいた。
そして指示役なのだろうか、いかにもな強面の男がドスの利いた声を響かせながら俺たちの進路を塞いできた。
「お……おい、あれって三法師雪奈と……」
「最近噂になってる魔王ってヤバいやつだ……なんでこんな場所に……」
指示役の男は気がつかなかったようだが、探窟家らしき他の男たちはダンジョンマスターである雪奈と“魔王”のことにすぐ気がついたようだ。
「警視庁・特殊環境犯罪対策課の市村だ。麻薬原料製造の疑いで捜査に入るぞ。令状は取ってある。そこどけ、邪魔だバカヤロー!」
「……ガサかよ。善良な一般市民を疑いやがって、もし何も出なかったらどう責任取るつもりだぁ? コラ!」
「出ねぇわけねぇだろバカ! さっさと扉を開けるんだよコノヤロー! 公務執行妨害で逮捕するぞ!」
「…………チッ、おう、ダンジョンの扉開けてやれ」
強面の男が命令して、ダンジョンの鉄扉が開けられた。
そんなアウトレイジな感じじゃなく、もうちょっとおだやかにやり取りできないものなのだろうか?
まあ、でもこういうのは舐められたら駄目なのかもしれないな。
階段を降りる直前に振り返ってチラッと見ると、強面の男はニヤリと笑った。
その表情は“見つかるはずがない”と言っているようだった。
鍾乳洞タイプの「奥多摩ダンジョン」は2階層しかなかった。
出現するモンスターはバサバサと飛んでいる小型のコウモリタイプくらいだ。
市村刑事と小笠原刑事が広い地下2階層フロアを調査するが特に何も見つからない。
「市村さん、石ころばっかりでキノコなんてありませんよ。本当にここで栽培してるんですか?」
「俺がガセ掴まされるハズねぇ! どっかに仕掛けがあるはずだ!」
ダンジョンの入口にいた強面の指示役と探窟家たちがフロアにやってきた。
「おう、何にもなかっただろ? こっちは真面目に魔石採掘してんだから商売の邪魔すんな。諦めて帰るんだな」
ふと頭上を見上げた俺は、飛んでいるコウモリモンスターを見てあることを思い出し、そして床に大量に落ちている小石を拾った。
「小笠原さん。《反響解析》ってスキルはコウモリの能力に近いんですか?」
「フロア全体に音波を出してその跳ね返りで物の位置がわかるのはコウモリと似てはいますが、物が当たったときの振動で中が詰まってるか空洞かも分かります。スイカをトントンと叩くみたいな感じに」
彼女のスキルを使えば、もしどこかに隠し部屋があっても見つけられる。
だけどこの広い空間で一面ずつ叩いてたら日が暮れる……なら一気に派手にやった方が楽だな。
「小笠原さん、 《反響解析》を発動しておいてください」
「え? は、はいっ!」
俺は空間の物質から命令に従うモンスターを生み出すスキルである《魔獣創造》で地面に落ちている大量の小石を一箇所に集めて、巨大な球体のモンスターを作った。
その場にいる全員は突然のことに混乱していた。
「な……なにが起こってんだ? おい! テメェは“魔王”とか呼ばれてるらしいじゃねえか! 何かしやがったのか!?」
「何って、「自爆するウザい岩モンスター」を作っただけだよ。雪奈、あれに火球をぶつけてくれるか? めっちゃザコに作ったから一発で自爆するはずだ」
「何か考えがあるのね、勇人くん。わかった」
「じゃあみんな、爆発するから、伏せた方がいいぞ」
市村刑事と小笠原刑事、探窟家たちが一斉に地面に伏せた。
強面の指示役だけはオロオロしながら立ったままだ。
雪奈は火球を投げつけて、すぐに伏せ、俺も床に腹を付けた。
火球がぶつかった球体状のモンスターは爆発し、自らを構成していた小石を全方向に撒きちらした。
小石が当たった指示役の男は悲鳴をあげているが、他の者たちは伏せていたため直撃は免れている。
「小笠原刑事。どうですか?」
「…………はい、バッチリです」
身体を起こした小笠原刑事は歩き出し、他の場所と特に違いは感じられない岩壁の前に立った。
「市村さん、ここに来てください。小石が当たった音でわかりました。この奥に空間があります」
「小笠原、それは本当か!」
俺と雪奈と市村刑事が小走りでそこに向かうと、指示役の男は小石が当たった顔を手で押さえながら「お……おい! やめろ!」と叫ぶ。
市村刑事は壁をよく観察してから出っ張りに指を引っ掛けて、岩壁に見事に偽装されていたドアを開いた。
ドアの向こうにはもうひとつの空間があった。工事用の重機や機械が使えないダンジョン内によくこんなものを作ったと感心する。
その空間には沢山のスチールラックが天井近くまで設置され、ラックに置かれたプランターではキノコが育てられていた。
間違いない、ここが麻薬の原料になるダンジョンキノコの栽培所だ。
「奥野さんのおかげです。すごいスキルをお持ちなんですね。やっぱり“魔王”って名乗ってるだけのことはあります」
「ええと、小笠原さん……俺は別に名乗ってはないんだけどね……」
指示役の男と探窟家たちが集まってくる。
「お前らアレを飲め。こいつらを始末するんだ。なあに、ダンジョン内でモンスターにやられたってことにすりゃいいんだからよ」
「いや……しかし……」
「さっさとしろ! 薬が手に入らなくなってもいいのか!?」
「そ、それは……はい……わかりました」
探窟家たちは懐から取り出した小さな何か(錠剤か?)を飲むと、すぐに顔つきが変わった。どうやら彼らには例のドーピングによる能力強化がかかったようだ。
俺と雪奈は4人の探窟家たちと剣を交えた。
一撃が重い。剣を受けただけで腕が痺れる。これがドーピングの効果か!
たしかに手を出してしまう気持ちもわからなくはない。
俺と背中合わせになった雪奈が「……どうしよう」と声を出す。
「勇人くん……この人たちは私たちを殺すつもりみたいだけど、でも私はこの人たちを殺したくない」
「相手のスタミナかドーピングが切れるまで耐えるしかないのか。だけどちょっとミスったら終わりだし……まいったな」
ドーピングでバフがかかっているとはいえ、俺と雪奈の方が強い。しかし急所を迷いなく狙ってくる相手に対し、「殺せない縛り」の俺たちが一方的に制圧するのは困難だった。
斬れば終わる距離なのに、剣が止まってしまう。
しばらくこう着状態を続けていると、市村刑事が避難していたキノコ栽培所から出てきて、大きく叫んだ。
「三法師さん、奥野さん、ここまでのご協力感謝する。もう完全に証拠は見つかったから、あとは警察に任せてくれ」
市村刑事がなにをするのかを理解した俺は、雪奈の手をしっかりと握った。
それを確認した市村刑事は彼のスキルである閃光でフロア全体を光で包んだ。
目が開けられないほどの眩しさだ。
俺の腕を掴む細い手の感触があった。小笠原刑事だ。
俺は雪奈の手を握ったまま小笠原刑事の誘導でダンジョンから脱出した。
その後、市村刑事の要請によって「奥多摩ダンジョン」の前には何台ものパトカーがやってきた。
観念した指示役の男と探窟家たちの手首には手錠がはめられ、ゾロゾロと連行されていく。
市村刑事が俺と雪奈の肩をポンと叩いた。
「おかげで無事解決できたよ。今後なにかあったら俺を頼ってくれ。ところであんたらふたりは付き合ってんのかい?」
「えっ?」
「ちょっと市村さん! そういうのって今はコンプラ的によくないんですよ! 三法師さん、奥野さん、本当にすいません!」
ノンデリ親父のかわりに謝る“できた娘”のように、小笠原刑事が俺たちに深々と頭を下げてきたが、市村刑事は納得がいかないようだ。
「そういうのはよぉ、相手が不快に感じたらセクハラとかになるんだろ? 雪奈さんは全然嫌がってねぇじゃねぇか、むしろ喜んでるぞ」
雪奈の顔を見ると、たしかに少しだけ嬉しそうだった。
次回
エピソード88『異世界の古代人・2』




