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86『特殊環境犯罪対策課』

通常の法体系が機能しにくいダンジョン内では、それまでの警察では対応に限界があったため、ダンジョン関連事件を捜査する専任組織が7年前に発足された。


それが警視庁刑事部 ・特殊環境犯罪対策課────通称「ダン対」だ。


警視庁は数万人規模の組織だ。

なのでスキル所持者が1000人にひとりの割合であっても、数十人単位でスキル持ちの人間がいる。

そのようなスキル適正を持った人間が「ダン対」に配属されていた。


灰色のトレンチコートが似合う市村刑事は、ダン対の説明をしながら深いシワが刻まれた顔をぐにゃりと歪ませて笑った。



「俺はずっとマル暴一筋だったんだがよ、50歳過ぎてからスキルが見つかって“ダン対”になっちまったんだ。人生なにがあるかわからんね」



初老の市村刑事はドラマに出てきそうな、いかにもなノンキャリの叩き上げベテラン刑事デカで、“ワクさん”とか“ダテさん”って感じだ。



「小笠原です! よろしくおねがいします!」



おおっ、敬礼! これ! 敬礼出たよ!


市村刑事とは親子ほど歳の差がある20代でショートカットの小笠原さんは、猫っぽい目をした綺麗で活発な雰囲気の女性だ。



「奥野さんよ。今回のストーカー事件だが、ダンジョン外で魔法を使ったとなると前代未聞だから、ちょっと面倒だぞ。あんたも事情聴取じゃ済まんかもしれん」


「え? そうなんですか?」


「報告書にどう書くか次第だがね……そんで見逃すかわりに、ちょいと協力してもらいたいことがあってな」



うわ! 脅しからの頼みごとだよ!

絶対にマル暴時代からこんなことばっかりやってたであろう市村刑事は、片眉だけクイっと上げて悪そうな顔をした。



「ギルドってのは色々とグレーな存在だから警察から目をつけられやすい。俺と仲良くなっておくと、メリットも多いぞ」


「なるほど……利用しあえるということですね。とりあえず協力できるかどうか、まずはお話を伺わせていただきます」



他の警察官が全員いなくなったあとの洋館のリビングには俺と雪奈、そして市村刑事と小笠原刑事だけが残った。

小笠原刑事が現在捜査中の事件について説明した。



「現在我々は厚生労働省麻薬取締部……いわゆる“マトリ”と共同で、ある麻薬の製造販売ルートを追っています」


「麻薬? あんまりダンジョンと関係ないっぽいですけど……」


「その麻薬の原材料がダンジョンの中でしか採取できないキノコなのです」


「ダンジョンに麻薬の原料になるキノコ……知らなかった」



市村刑事は窓の前に立って外を眺めながら、この1年でその麻薬が急速にドラッグ市場に出回りはじめていると言った。



「暴対法が制定されてから反社会的組織の旧来のシノギが難しくなった。おそらくは多重債務者の探窟家(シーカー)にダンジョン内で栽培させて、新しい裏社会ビジネスにしている可能性が高い」


「ダンジョンの中でキノコを採取しているのではなく、ダンジョンの中に栽培工場があるということなんですね」


「流通量や相場が比較的安定しているからな、俺はそう睨んでる」



そして市村刑事は「この麻薬の面白れぇとことろはな」と続けた。



「ダンジョン外で摂取すると多幸感が得られるドラッグなんだが、ダンジョン内だと魔素と反応してステータスが一時的に大きく向上するドーピング薬になるんだ。だから一部の探窟家(シーカー)も使いはじめてる」


「薬で能力強化バフを……まあ、ゲームだとよくありそうな感じですけど……」


「強烈な依存性がなければ、そうかもな。だが手を出しちまった探窟家(シーカー)は結局は中毒者になって、その麻薬を買うために魔石を集めて裏社会に金をむしられている」



市村刑事は「独自の個人的なネットワーク」から、その麻薬キノコを大量に栽培しているだろうダンジョンの目星はついているらしかった。

ただし警察だけで内部にある栽培所を見つけられる自信がないそうだ。


もしガサ入れに失敗をすれば麻薬組織は栽培所を移動させてしまう。

なのでそのガサ入れに加わって摘発に協力して欲しいというのが、俺への《《交換条件》》だった。



「わかりました。いいですよ。ご協力します」


「あの……市村さん。私も勇人くんと一緒に協力しても構わないですか?」


「え? 雪奈は関係ないからいいよ」


「関係あるでしょ! そもそも勇人くんが私を助けるために魔法を使ったんだから」


「まあ、それはそうだけどさ……」



そんなわけで「ダン対」の捜査に雪奈も一緒に加わることになった。

市村刑事は捜査令状を取りに行くから今後の詳しい流れは小笠原刑事と詰めてほしいと言って出て行った。


小笠原刑事は玄関ドアが閉まると「はぁ……」と深いため息をついた。



「すいません、うちの市村が色々と……」


「まあ、市村刑事も警察官の職務をまっとうしたいだけですし」


「“俺を見て学べ”って偉そうに言うんですけど悪いことばっかり教えるんです! あの人、絶対に警察よりもヤクザの方が出世できましたよ!」



そのあと、これまで市村刑事がやってきた「ギリギリ違法にならない捜査」の話が続いた。生真面目そうな彼女はかなり鬱憤が溜まっているようだ。


そういえば市村刑事も小笠原刑事もステータス診断をしてスキルを持っていることが判明したから「ダン対」に配属になったんだよな。



「小笠原さんってどんなスキルをお持ちなんですか?」


「私のスキルは、音波の跳ね返りや振動で敵や壁の位置がわかる《反響解析エコーアナライズ》です。ちなみに市村は……眩しい閃光を放てるスキルを持っています」


「なるほど。市村さんが光を出して何も見えなくしてから小笠原さんの誘導で逃げられるわけか……相棒バディーとしては良い組み合わせですね」


「バ……相棒バディー……とほほ」



小笠原刑事は頭を抱えた。


そして翌日の早朝、我々は東京都の西の端、奥多摩にあるダンジョンに向かった。




到着したダンジョンの前には何人かの男たちが立って周囲を警戒しているのが見える。

おそらくは麻薬組織の関係者なのだろう。



全員は車を降りた────さて、これから麻薬キノコ栽培所の摘発だ。




次回

エピソード87『ドーピングバフ』

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