85『初恋とコンプレックス』
三法師雪奈。
俺と同じ中学の出身で、学校で一番可愛くいて優しくて頭が良くてスポーツもできて、みんなの人気者だった。
その彼女の突然の「初恋だった」という告白に、俺は驚いた。
「卒業式のあとに勇人くんの家に私が行ったのは覚えてる?」
「覚えてるよ。何しにきたんだろうって思ってた」
「勇気を振り絞って気持ちを伝えようと思ってたの。でも勇人くんの顔がちょっと怖くて……やっぱり私って嫌われてるんだなって」
あのとき俺はそんな顔をしていたのか……。
卒業の直前に俺と雪奈はステータス診断を一緒にしに行って、俺はノースキルで彼女はスリースキルだというのが判明した。
自分の方がダンジョンに興味あるのに、どうして雪奈の方に才能があるのか。
彼女を羨ましいと思ったし、正直言えば苛立ちもあった。
だけど俺は、雪奈を嫌ったことなんてない。
嫌いどころか当時は彼女を好きになりかけてたくらいだったし。
その気持ちを消したのは、間違いなくコンプレックスがあったからだと今は思う。
なんでも出来てしまう。なんでも手に入れてしまう雪奈は、あの頃の俺には眩しすぎたんだ。
「雪奈……俺は……当時さ……」
「うん?」
────そのとき、足音がした。
これはポルターガイストじゃない!
人だ! 誰かが俺の家に侵入している!
音の方に顔を向けると、どうやって入ってきたのか玄関の近くに人影があった。
シャンデリアが消えて暗いせいでしっかりとは見えなかったが、体の大きい男だというのはわかった。
「ゆ……勇人くん……そ……その人……」
声を震わせる雪奈の様子で、俺はその男の正体を理解した。
5年前に雪奈に付き纏って消えない傷跡の怪我を負わせた元探窟家のストーカーだ。
男は数歩前に出てきた。
最近まで刑務所にいたからか髪の毛は短めで、ギョロっとした目が窓の外からの光に反射した。
「三法師雪奈、また男をたぶらかしていたな……俺の気を引くためだからって、関心しないよぉ」
「か、帰って……お願い……」
ストーカー男は手に持ったスマホのカメラレンズを雪奈に向けていた。
「おい、それはなんだ? 何を撮ってるんだ?」
「俺は間違った裁判のせいで刑務所なんかに入れられた。だから今度はライブ配信して雪奈が本当は俺を愛してるって証拠を他人に見てもらうんだよ」
何を言っても無駄だろう。
この男は加害者だったのに自分を被害者だったと信じている。
「お前は雪奈を傷つけたんだ。それなのにまだ彼女を怖がらせ続けるのか? 雪奈が何をしたっていうんだよ!」
「ゆ……勇人くん……」
「ぷはっ! 三法師雪奈の色香に騙された哀れな男が……偉そうによぉ!」
男は怒鳴ると、スマホをコップに立てかけるようにしてキッチンカウンターの上に置いて、ナイフを取り出した。
しかも刃渡りの長い、殺傷性の高いタイプのナイフだ。
俺はここでは力こそ出せないが、魔王時代とこれまでの経験でそれなりに戦闘の心得はある。
しかしそれは元探窟家であるストーカー男も一緒で、そのナイフの構え方は素人のものではなかった。
コンバットナイフと素手……あきらかに分が悪い。
俺はここでは力が出せない?
いや、まてよ────そんなことはないんじゃないのか?
そうだ、この部屋には魔石から漏れた魔素が漂っているんだ。
それはルーシェルくらいしか気がつけない微量かもしれないが、もしかしたら魔法が使えるんじゃないのか?
俺は両手をストーカー男に向けた。
「なんだそりゃ? なにかのおまじないか?」
「まあ、そんなもんだよ」
思った通りだ、俺の腕に魔力が溜まっていくのを感じる。
普通の魔法ならばこの弱い魔素じゃ発動すらしないだろうが、俺の究極魔法だったら出力は相当に弱まるが使えそうだ。
だけど気をつけないといけない。加減を間違うとこの男を殺してしまう。
男は少しだけ重心を変化させ、床を軋ませた。
ナイフの切っ先が、わずかに揺れた。
男が動きだす────来た。やるしかない。
「《天蝕む虚無の柱》!!」
光すら吸い込むような闇が落ちた。
シャンデリアが消えていて暗い部屋よりも暗い、完全な闇の黒に男は包まれた。
その叫び声すら闇にかき消されている。
闇が消えるとリビングの中央で男は倒れていた。
そして生きていた。
「ダ……ダンジョンの外で魔法が使えるなんて……そんなバカな……」
これでもう大丈夫だ……しかし。
この男が逮捕されたとしてもまた出所してきたら同じことの繰り返しだ。そのときは今回のようには雪奈を守れないかもしれない。
俺は雪奈がもう二度とストーカーを恐れなくて済むように男の耳元に近づいて、魔王時代に100年かけて習得した「恐ろしい発生法」を使った。
「この女に二度と……近づくな……。俺は……いつでも貴様……を八つ裂き……にすることができる」
「三法師雪奈が魔王軍とかいう連中とつるんでいるのを出所してから知ったが……まさかお前は……」
「そう……だ。俺がそ……の魔王軍の首領の、魔王……だ」
ストーカー男は恐怖に怯える顔のまま気絶した。
これだけやっておけば魔王の恐怖はトラウマとして心に刻まれただろう。
そしてその後に通報をして、駆けつけた警察官にストーカー男は逮捕された。
俺と雪奈は部屋の隅の方に移動していた。
「ねえ勇人くん、“俺は当時さ”ってなにか言いかけていたけど……もしかしたら私は知らない方が方がいいかも」
「そう……なのか?」
「だって……もし悲しいことだったら泣いちゃうし、もし今さら嬉しいことだったら期待しちゃうから」
雪奈は少し遠くを見て、笑っているようにも無理しているようにも見えた。
俺は当時自分が雪奈を好きになりかけていたことを言おうとしていた。だけどたしかにそれは昔の話だし、現在とは感情がまた違う……はずだ、たぶん。
「雪奈さん、大変だったなぁ、でも怪我なくて良かった」
ダミ声が聞こえて、二人の刑事が俺たちのところにきた。
ひとりは50代中盤くらいに見える男性で、もうひとりは20代の若い女性だった。
男性刑事は雪奈と顔見知りだった。会話を聞くとどうやら彼は5年前のストーカー事件のときの担当刑事らしい。
雪奈と少し話した男性刑事は、今度は俺に話しかけてきた。
「西新宿ギルドの奥野さんだね。警視庁・特殊環境犯罪対策課の市村だ。ちょっとあんたに話があるんだがね」
「俺に……話が?」
ちなみにストーカーのライブ配信映像を見ていたたったひとりの視聴者が映像を拡散したせいで色々と大騒ぎになるのだが────それはもう少しだけ先の話。
次回
エピソード86『特殊環境犯罪対策課』




