84『ストーカー』
中学時代の同級生の佐渡山紀子は何かを言いかけていたが、雪奈がまるでそれを遮るかのように「そうだ、連絡先教えて!」と声を張り上げた。
そして雪奈と連絡先を交換した佐渡山紀子は去っていった。
「中学以来だもん、ビックリした。キッコ全然変わってなかったなー」
「同窓会とかはなかったのか?」
「あったみたいだけど、私は行ってないの」
それはなんとなく意外な答えだった。俺は登校拒否していたから同窓会に行くなんてありえなかったが、雪奈はそういうのには参加しそうだと思っていた。
そしてまた雪奈は少しだけ険しい顔をして周囲を見回した。今日一緒に歩いていて彼女のその様子はずっと気になっていた。
「なあ……いつもそうやって警戒しながら歩いてるのか?」
「えっ……」
「俺は雪奈とこういう感じで歩くのははじめてだけどさ、間違いなく何かを気にしてるだろ? パパラッチとかいうやつ? センテンススプリング?」
「あのね…………ストーカーが怖いの……」
「ストーカー!?」
新宿の明かりのせいで真っ暗になることはない夜の下を歩きながら雪奈は、自分が被害にあったストーカー事件について話してくれた。
今から5年ほど前、雪奈はひとりの探窟家の男にしつこく付き纏われていたらしい。
そしてダンジョンの外で襲われた雪奈は怪我をし、男は逮捕されたそうだ。
ちょうど同じタイミングで大きな自然災害があって、ストーカー事件に世間の関心が向くことはなく小さなニュース扱いだったそうだ。
「事件を担当した刑事さんが教えてくれたんだけど……その男が刑期を終えて出所したの。そのあとくらいから私もときどき変な視線を感じはじめた……気のせいかもしれないけど」
「そっか、それでまた襲われないか心配していたんだね」
「写真集とかでは修正されてるけど、私のお腹にはそのときにナイフでできた酷い傷跡が残ってる……もし勇人くんが見たら気持ち悪いって感じると思うよ」
「そんなことないよ!」
雪奈は「ありがとう」と寂しそうに笑った。
彼女はレジェンドと呼ばれるほどの探窟家で、危険を察知するスキルである《境界感知》も持っている。
けれど、ダンジョンの外ではステータスもスキルも意味がない。刃物を持った男には無力だった。
そういえば雪奈はオフィスに自転車で来たり、タクシーで来ることもあった。行動パターンがバレないようにしているのかも知れないな。
「あっ! 勇人くんの新しい家ってこのあたりなんだよね? ちょっと見せてもらってもいい?」
「ああ、全然構わないけど……そこを曲がったらすぐだよ」
俺の新居である不気味な洋館を見た雪奈は若干顔がひきつっていた。
そして、中に入ってさらにひきつることになる。
「外観にはちょっとビックリしたけど、中は綺麗なんだね。まるでヨーロッパのお宅にお邪魔したみたいで素敵……か……も……」
一階リビングで俺と雪奈がお茶を飲んでいると、ティースプーンがフワフワと浮かび上がり、本棚から勝手に抜け落ちた本がジェンガのように積み上がっていく。
「ゆゆゆ、勇人くん! スプーンが! 本が!」
「心配しなくていいよ、ただのポルターガイストだから」
「な〜んだ、ポルターガイストなのね……って、ええっ!? 勇人くんってお化け屋敷に住んでるの!?」
「なんてわかりやすいノリツッコミなんだ」
「じゃあ、つまり……ここって“出る”の!?」
俺はこの反応が見たくて黙っていたことを謝罪し、そしてネタ明かしをした。
この家の隠し小部屋にあった「イタズラ好きの魔石」から漏れた微量な魔素が勝手に部屋の物を動かしてしまう。
不動産屋の魔女婆さんにそれを伝えたら、海外にいるこの家の貸主が魔石を回収できるのは先になるから、そのまましばらく預かっていて欲しいと無茶を言われていた。
「ええ? そんなイイカゲンな……勇人くんだって迷惑なんじゃ……」
「魔石を海外に送るのってかなり難しいしね。魔女婆さんも貸主さんも魔石のことがよくわかってないから仕方ないよ。散らばった本とかあとで勝手に本棚に戻ってたりするから……まあ慣れだよ、あははは」
「そっか……うん」
俺を見つめる雪奈は、どこか懐かしい目をしていた。
「勇人くんって、ずっと変わってないね。昔も損な役回りを引き受けてた」
「その性格のおかげでクラスのトラブルの間を取り持ったら、どっち側からも不満が出て最終的に責任まで押し付けられて……それで面倒になって引き篭もったんだけどな……」
雪奈は椅子から立ち上がると出窓の前まで歩いて、窓の外のどこかを見つめた。
女優だってできるだろう美貌とスタイルの彼女のその姿は、まるで映画のワンシーンのようだった。
「私もネタ明かししちゃうね。最近ずっと考えてたの。もし次またストーカーに襲われたら今度はきっと……って、だからちゃんと伝えないとって」
「ん? 伝える?」
「……あのね、同窓会に行かなかったのは、どうせ勇人くんがいないから。キッコが持っていくはずだったプリントをいつも私が持って行ってたのは、私が勇人くんに会いたいからってキッコにお願いしてたから」
「…………え」
雪奈が大きく息を吸った音が聞こえた。
「あのね、私ね……勇人くんが初恋の人だったの」
俺は、何も言えなかった。
そのとき────またポルターガイストだ。
頭上のシャンデリアがゆっくりと明滅し、そして最後は部屋が真っ暗になった。
シャンデリアから視線を下ろすと、雪奈は出窓の手前にある低い棚に両肘を乗せて立っていた。
「その気持ちは34歳になっちゃった今も……たぶん……」
そして雪奈は黙ってしまった。
どこかでカタンと音がして、少し風を感じた。
どうせそれもポルターガイストだろう────その時はそう思った。
次回
エピソード85『初恋とコンプレックス』




