80『不動産屋の魔女』
「なるほどですね。奥野様は西新宿エリアに通いやすいマンションをご希望なのですね。ええと、そして間取りは、ふむふむ」
「はい。歩いてオフィスまでいけるような場所にあるのが理想なんですけど……どうでしょうか? ありますかね?」
「いくらでもご紹介できますのでお任せください。ちなみにご勤務先は……ん? 西新宿……ギルド……」
新しく住む家を探してもらいに大手不動産屋に来ていた。
別に一人暮らしだし高級マンションでなくてもいいんだ。どこだって現在のアパートよりはマシだろう。オートロックの重要さも知ったしな。
俺が記載した紙を見ながら、不動産屋の若い従業員は固まっていた。
「どうかしましたか? なにか不備とかありました?」
「あの……申し訳ございません……ご紹介できる物件はひとつも……ありません」
「え? でもさっきいくらでも紹介できるって……」
「ひぃぃ! 呪いとかやめてくださいっ! けけ、警察呼びますよ!」
なんか反社会的組織みたいな扱いになってないか?
他の不動産屋に行ってみると、そこの初老の男性はもう少し冷静に対応してくれた。
探窟家だから貸せないなんて規則はないが、探窟家には家を貸したくない大家が多いらしい。
「探窟家が住んでいた部屋は事故物件になる確率が高いのと、剣のような武器の所有が許されているので、それが嫌がられるんですよ」
「まあ、たしかに隣人が日本刀持ってるのは俺だって嫌かも」
「ただでさえ西新宿ギルドさんは“有名”ですからね。うちは申し込みを出しますが管理会社で止まるでしょうね」
「そうですか……有名……」
俺は不動産屋を出て、雪でも降りそうな寒空の下、新しく建築中の大型マンションを眺めながらトボトボと歩いた。
賃貸が厳しいとなると分譲マンションか、それか一軒家を買うか建てるしかないのかな。久留里パパならなんとでもしてくれるんだろうけど、こんなことをお願いするのもちょっと……はぁ。
「ふぁぁぁあ……眠いな」
現在住んでいるアパートの環境が急激に悪化したせいで最近は寝不足だった。それが引越しを決意した最も大きい理由だ。
年明けから隣に越してきた配信者がゲーム実況をしているらしく、夜通しデカい声で叫ぶのでまいっていた。
ついでにすぐ隣の公園が暴走族の溜まり場になってしまいバイクの音もうるさい。こんな寒い時期は家で遊んでろよ! そもそも、今どき暴走族の時代でもないだろ!
しばらく歩くと大通りから一本横に外れる道に一軒の不動産屋が見えた。
かなり年季の入った建物で、昔からここで地元の物件だけを案内していたんだろうなという感じの不動産家だ。
「意外とこういう地域密着型の方がいいかもしれないな。ごめんくださーい」
薄暗い店舗内には、ひとりの高齢の女性がいた。
玉ねぎのような髪型で紫系の服に指には大きな宝石の指輪。なんだかちょっと魔女っぽい。
俺が探窟家だということ、他の不動産屋で断られてきたことを黙ってきいていた魔女婆さんは、分厚いファイルから1枚の紙を出してきた。
「ここなら問題ないでしょう。この物件の所有者は孫が探窟家だから職業への理解もあるだろうし、マンションやアパートのようにアンタを怖がるお隣さんもいないよ」
魔女婆さんが紹介してくれたのは大きな一軒家だった。
西新宿エリアに歩いていける距離で、しかも家賃がべらぼーに安い。
「素晴らしいです。でもちょっと家賃安すぎません?」
「持ち主が海外在住で、「誰か住んでいてくれるだけでいい」って条件なのよ。家は住まないと駄目になるからね」
自分はサラリーマン時代よりはずっと稼いではいるけれど、家賃のような「消えるもの」にお金を使うのが苦手という性格は変わってはいなかった。
そんな自分には相場よりも安い物件は最高だ。
不動産屋から歩いていける場所にあるというので、そのまま内見することになった。
魔女婆さんは途中で会った知り合いに挨拶をしている。
そして到着したその物件は────石造りの古い洋館だった。
薄汚れた壁面には枯れた蔦が残っている。
俺よりも魔女婆さんが住んだ方が絶対に似合っているじゃないのかと思うような、正直いって不気味な建物だった。
三角の形をした屋根にカラスまでとまってるし……。
けれど洋館の中は外観から予想していたよりは綺麗だった。
二階建てで広すぎず、これなら掃除も問題なく自分ひとりでできる。風呂とトイレも悪くない。
なんとなく壁や床の感じに魔王時代の別宅を思い出していた。まあ、あっちはもっと悪趣味だったけど。
「どうするかい? うちじゃアンタに紹介できるのはここくらいだね」
「契約します! でもこんな良い物件、なんで借り手がいないんですか?」
「これまでに何人も住んでるから借り手ががいないわけじゃないけどねぇ」
「まさか自殺や不審死が続いてる……とか?」
「そんなもんないよ。国土交通省の心理的瑕疵のガイドラインってあってね、そういう物件は貸す前に伝える義務があるんだからさ」
じゃあ、なんでだろう?
なんかあるの? なんか隠してる?
まあ、気にしすぎかな。
「じゃあ、賃貸契約を交わすから戻るよ……ひっひっひっ……」
魔女婆さんが家の前にある重厚な門を閉めると、キィィィというホラー映画で聞いたことがあるような軋んだ音が鳴った。
不動産屋店舗に戻る道すがら、どこか遠くから子供の声が聞こえる。
「駄目だよーそっちにボール投げると、お化け屋敷に入っちゃうから」
まさかあの家のことじゃないよな?
とにかく、すぐに入居する形で契約し終えた俺は、その後はそのまま歩いて西新宿ギルドのオフィスに行った。
「ユウト様、お引越しをなされるんですか? ぜひお伺いしたいです!」
「古い洋館? 装備持っていって写真撮るー!」
「久留里の悪魔系装備の背景には、あの家はたしかにピッタリかもしれないな」
「ならよ、みんなで社長の引越し手伝いしねぇか? 俺好きなんだよ、そういう肉体系イベントがよ」
五郎がダンベルを上げ下げしながらそう言った。
そういうものなのか? マッチョの考えはよくわからない。
そして引越しをした俺は過去の入居者たちがいなくなった理由をすぐに知ることになる。
そう────あの家は「何か」があったのだ。
次回
エピソード81『恐怖!ポルターガイストの館』




