78『異世界の古代人・1』
ずっと魔素の中で育ってきた私は、ときどきはダンジョンの中で魔素を浴びたほうが良いかもしれないとユウト様に言われたので、ユウト様が北国に遠征されている間に中野Cダンジョンに来ていた。
Bチームの方がわざわざ送迎をしてくれて、かなり申し訳ない気持ち。
ダンジョンの中で座ってるだけなのも退屈なのでモモ様からお借りた漫画を読んでいたら、急に眩暈のような感覚になり《追憶眼》が勝手に発動した。
誰もいないのに、触れていないのに……記憶の断片が私に入ってくる。
────これは誰の記憶?
知らないはずなのに、知っている気もする。
目に映っている街の様子や人々の服装は……私が生まれた世界の……私やユウト様がいた時代よりも、ずっと大昔のもののように思えた。
◆
弟と妹が魔族に殺された。その魔族を私は殺した。
私が殺した魔族の家族に────私は殺されるのだろうか?
なぜこの世界に神は2つあるのか? なぜ種族は2つあるのか?
剣技に長けた人間族と魔法に長けた魔族。
両者の力関係は神話の時代から永く均衡がとれていたけれど、かつては偶然の覚醒によって得られていた魔法を体系的に身につける術を魔族が編み出してから全てが変わった。
守り続けてきた土地は奪われ、捕われた人々は奴隷となり、人間族は年々衰退してしまっている。
私には何ができるのか? 国と人を救うために何をすべきなのか?
考えた抜いた結果、私は高名な魔法学者であり、哲学者であり、発明家でもあるアルサバード師の助手となることにした。
女が学問の道に進むことを父上はよしとはしなかったけれど、最終的には私の説得に折れた。
人間族はこのままでは魔族に滅ぼされる。
学問に希望を見出すしかない────アルサバード師はその最大の光だった。
「お師様、別世界の人間……ですか?」
「うん、そうなの。漂流してきた者の記録が大昔からあってね。戯言と片付けるには彼らの共通点が多すぎるのよね。ううむ、実に興味深いねぇ」
「なるほど。ところでお師様、戯言と片付けないのは結構ですが、ご自身のお部屋はいつ片付けられるのですか? 書物は床に置きっぱなしで足の踏み場もなく、机の上も、ああ、なんて酷いのでしょう……ここはもはや研究所とは言えません」
「お前さんには適当に置いてあるように見えるのか? これらはすべて意味があるのだよ。五属性の法則に基づいた配置になってるの!」
「ではお師様、隣国の宝物庫からお借りした貴重な緑の魔石はどこにあるのですか? おわかりでしょう?」
「え? ええと、それは……ごほんごほん! ああダメだ、とつぜん持病が悪化してきた。もう長くないな、こりゃ」
「お医者はお師様が健康すぎると関心されておりました。さあさあ今日こそはここをお掃除しますから。もちろんお師様も一緒にやるのですよ?」
「その顔、怖いなあ……もう」
アルサバード師はだらしなくて、子供っぽい人ではあった。
けれど常人離れした発想力と集中力をお持ちだった。
お師様は“別世界の人間”について昼夜を問わず考え、研究に没頭していった。
……そして、隣国から研究用に借りた宝物を返す使いの旅を終えて、研究室に私は戻った。
「戻りましたお師様。緑の魔石が欠けていたって、いったい何に使ったんだって凄く怒られてしまったのですよ……お……お師様……」
研究室でお師様は、魔族の腕に体を貫かれ、魔法を注ぎ込まれていた。
私と目が合った魔族はお師様から腕を引き抜くと、今度は私に襲いかかってきた。
その魔族は────私が殺した、弟たちの仇の魔族によく似ていた。
お師様は私を狙いにきた魔族に……そんな……。
私は魔族の攻撃をかわしたが、床に転んでしまった。
私がいない間にまた散らかり放題になっていた床。
そこに手をついた私の右手の下には一本の剣の柄があった。
それはまるで用意されていたかのように、握って立ち上がれと言わんがばかりに。
私は柄を握り、私が武器を持っていないと油断していた魔族を刺し殺した。
「お師様! お師様! あの魔族は私を狙いに……なのにお師様が……」
「な……泣くんでない……これは運命だ。そして私の弟子であるお前さんにもやるべき運命がある。研究はもう十に九つまで完成してる。あとは仕上げだけだ……これが人間族を救うはず……だ」
お師様は私の腕の中で息をひきとった。
私は涙が止まらなくなり嗚咽したが、しかしすぐにお師様の言葉を思い出した。
泣いていてはだめだ、運命を受け入れなければ。
いまも魔族は侵略を続けている……急がないと。
私がお師様から引き継いで完成させなけばならない。
────別の世界から────勇者を呼ぶための方法を。
第五章・完
次章『第六章 ダンジョン攻略のブレイクスルー』
ここまでお読みいただきありがとうございました。
今後ルーシェルが見ていく事になる「太古の誰かの記憶のかけら」は、最終的には「異世界への行き方」の真相へとつながっていきます。




