77『クマ出没注意』
どこもかしこも階段ばかりの知床ダンジョン。
上に登ったり、下に降りたり、また上に戻ったりを繰り返して、その全貌が見えてきた。
このダンジョンは──縦方向の迷宮だった。
普通は迷宮というのは広いフロアの中で「右に行く? 左に行く? それともまっすぐ?」という感じで平面的だ。
しかし、このダンジョンは狭いフロアに複数の階段があり「上にのぼる階段使う?」「下に降りる階段使う?」という感じなのだ。
どんどん下に降りていけば良いわけでもなく、地下1階→地下5階→地下3階→地下6階のような感じで進まなければいけなかったりする。
そして時々、スタコラッサッサでは逃げられない熊さんに出会う。
だけどここの真の敵は熊ではない。階段の登り降りによる“疲労”だ。
膝が笑う症状が出だしたのは“おっさん二人”からだった。
「しゃ……社長は……大丈夫か? 俺は大丈夫じゃねぇ」
「五郎もか……俺も太ももがパンパンで……腰も痛い……」
魔獣熊と戦う五郎もどんどん「へっぴり腰」のようになっていって危なっかしい場面も増えてきた。
熊を倒したあとのフロアでの休憩中に、久留里の魔法で全員の脚を回復させていく。
「う〜ん、こうやって私の回復魔法使っちゃってると大事なときに使う分が残ってないかもー、ていうかダンジョンから帰れるの?」
「…………え?」
「上にいく階段、下にいく階段、沢山ありすぎて私どうやってここまで来たのか覚えてないもん」
俺も覚えてなかった。
最初はそれなりに意識して順路を覚えていたけれど、脚がガクガクしだしてから、どうでもよくなってしまっていた。
五郎は絶対に覚えているはずないし、真希を見ると彼女は顔を横に振った。
「順路なら私が手帳にメモしてるけど」
「本当か雪奈? それ、むちゃくちゃ助かるぞ」
「私はいつもダンジョンに調査のために潜ってるんだもん。手帳にペンでメモするのは習慣になってるの」
そもそも雪奈は「文具オタク」らしい。同じ趣味の女性は意外と多く、オフ会などをして情報交換もしているそうだ。
雪奈は、バイブルサイズがどうとか銀座の万年筆屋がどうとかLOFTで新製品のパトロールがどうとか、文具品の話をし続けた。
それにしてもどのジャンルでもオタクの話はなかなか終わらない……。。
「昔から文具オタクだったのか?」
「うん、なんでも手帳にメモするの。勇人くんの家にプリント届けに通ってたときに“何を言われたのか”もメモしてあって全部残ってるよ」
「そ……そうなんですか……」
「でもね。手帳とか日記の役目って記録を残すことだけじゃないの。悲しいことや嫌なことがあってもそれをアウトプットすることで、頭の中のモヤモヤを外に出せるんだよ」
「手帳ってそういう使い方があるのか……知らなかった」
中学時代の俺は彼女にどんなことを言ったんだろうか? 気にはなるけど知りたくないという複雑な感情だ。
そして休憩を終えた我々は、また階段を上に下にを繰り返した。
今回はダンジョン内で野営するための道具や食料を持ってこれていない。なのでそろそろ雪奈のメモでダンジョンから出ることを考えないといけない。
「わ! ひろ〜い!」
先頭を歩いていた一番脚が元気な久留里が声をあげた。
それはこれまでと同じ鍾乳洞タイプの円形のフロアだったが、広さと天井の高さは倍以上あった。
壁には俺たちが降りてきた以外の階段もなさそうだ。ここが最下層か?
これまでと同じように岩のように丸まっていた魔獣熊が起き上がってきた。しかも三体だ。
俺と五郎と雪奈は剣を抜き、真希は弓を構えた。
これが最後だと思うと、思いっきり全力を出すことができる。連携を駆使して一体を倒し、そしてまた一体を倒し、ついに最後の魔獣熊も真希の矢がトドメとなり、黒い霧になって消えていった。
さて、雪奈の予想どおりどこかにレアアイテムでもあるのか?
すると突然壁が崩れて、中から一体の魔獣熊が出てきた。
それもこれまでの熊とはあまりにも大きさが違う────怪獣熊だ。
怪獣熊は鋭い牙がはえた口をあけてフロアが振動するくらいの雄叫びをあげると、我々に襲いかかってきた。
爪の攻撃を両手剣で受け止めた五郎は、力負けして吹っ飛ばされた。
俺と雪奈が応戦するが、敵は強く、速かった。
俺たちはさっき全力を出し切って戦ってしまったし、久留里は回復魔法をかけ続けるがもう魔法力も底をつきそうだ。
「勇人くん、私は水晶体に閉じ込められてたから見れてないんだけど、魔法が使えるようになったんだよね? それは使える?」
「ああ、一回しか使えないけどな。じゃあみんな巻き込まれないようにアイツから離れてくれ」
真希が矢を連射している間に全員が戦線から離れる。
俺は漆黒のケルベロスのケープをひるがえし、両手を怪獣熊に向けた。
「──《天蝕む虚無の柱》!」
闇の光の柱が天井付近から落ちてきて、怪獣熊を包み込む。
この闇属性魔法は光属性相手だけに効果があるわけじゃなく、広範囲の攻撃魔法としてほとんどのモンスターにダメージを与えることができた。
「すごい魔法……勇人くんって、本当にいったい……」
雪奈の顔は感心というよりは、少し怖がっているようにも見えた。
闇の光が消えると怪獣熊はまだその場に立っていた。さすがにしぶとい……しかし大ダメージをうけて全身ボロボロだ。
俺は《闇築因子》で地中から土の階段を出現させて、五郎がそこを駆け上がる。
「また階段かよぉぉぉ! うおりぁぁぁぁ!!!」
階段の上から飛び降りた五郎は、怪獣熊の脳天に剣を突き刺す。
熊はそのまま動かなくなり、ドスンと土埃を巻き上げて巨体を地面に打ちつけた。
よし、俺たちは知床ダンジョン最下層のボスを倒したぞ。
怪獣熊がぶちやぶった壁の奥にはアイテムボックスがあった。
レアアイテムを手に入れたいという今回の目的が、これで果たせそうだ。
中に入っていたのは懐中時計のような形で、方向を指し示す針がついている。
羅針盤だろうか?
久留里がそれを手に取った。
「ねえねえ、もしかしてこれってレアアイテムが入ってるアイテムボックスの場所を教えてくれる超便利なやつなんじゃない? ゴシック系な私の服とも合ってるし、これ貰うねー!」
「こんなに苦労しないと手に入らないものだし、そのくらいの便利グッツでもおかしくないかもな」
そして雪奈のメモを頼りに帰路を急いでいると、歩きながらずっと羅針盤と睨めっこしていた久留里が「あっ! 動いた!」と言った。
羅針盤を覗き込むと、針は俺たちが使った階段を指していた。
そして次のフロアでも、やはり同じように複数ある階段の中からボスフロアに辿りつく「当たりの階段」を針は指した。
「ええとつまり、その羅針盤は向かうべき答えの階段を教えてくれるってことか?」
「でも普通のダンジョンって、次のフロアにつながってる階段は1個しかないから、意味なくない?」
知床ダンジョンの奥で見つけた羅針盤が役に立つダンジョンって、もしかしてこの知床ダンジョンくらいなんじゃないのか?
しかも今更手に入れても意味ないじゃん! それは置いとけよ、もっと上に!
あ〜もう、なんなんだよ! ふざけんなよ!
だけど、このハズレアイテムの羅針盤が
────のちに「ダンジョン攻略の歴史」を根底からひっくり返すほどの発見につながる超レアアイテムだとは、このときはまだ誰も想像すらしなかった。
次回
エピソード78『異世界の古代人・1』




