76『知床ダンジョン』
北海道知床の1月の気温は−5度から-15度。
極寒の氷の世界だった。
西新宿ギルドAチームメンバーと雪奈は現地ガイドさんに引率され、スノーシュー(西洋かんじき)の足で白銀の雪上を歩いていた。
次に行くのは沖縄・那覇ダンジョンと決定していたが、雪奈の電話のあとに一応多数決をとった。
すると久留里は変わらず沖縄行きを望んだが五郎と真希が北海道行きを望んだので民主主義の原則により予定変更となったのだった。
「ほら〜やっぱり寒すぎるし! っていうか、なんで五郎と真希ちゃんは北海道にしたかったの!?」
「ウニだ」
「カニよ」
美味いもんな、冬の北海道の食べ物。
ガイドさんは現在向かっているダンジョンがある場所はヒグマが多く出没するエリアだと教えてくれた。
つまり知床ダンジョンはヒグマが冬眠しているこの時期がベストシーズンで、雪の上を何時間も歩いてしか辿り着けないという日本国内でも最上級に行きづらいダンジョンだった。
「まぁ、巣穴が崩れて冬眠から覚めちゃう個体もときどきおるがね」
「マジですか……? それは勘弁してほしいな……」
ダンジョンは比較的人間が多いところに発生しているが、知床ダンジョンは熊が人間と誤認されてできたのだろうか?
今回のダンジョンはいつもとは勝手が違う。
いつもは車で運んだ物資を《幻界収蔵》に突っ込んでいたが今回はそれができない。自分たちの装備品を背負って持っていくのがやっとなのだ。
《幻界収蔵》に入れたものがどこのダンジョンでも取り出せるのなら先に東京のダンジョンで突っ込んでおけば良いのだが、それは無理だった。
《幻界収蔵》は入れたダンジョンでないと中身が取り出せない。
「なあ、雪奈は知床ダンジョンに入ったことはあるのか?」
「ないの。小さいし気にもしてなかったんだけど、札幌のダンジョンで会った北海道メインで潜ってる探窟家が教えてくれたの。知床ダンジョンは辿り着くまでが大変ってのもあるんだけど、中に階段が多すぎて迷っちゃうからほぼ手付かずなんだって」
「中に階段が多すぎる……どんな感じなんだろうな……」
「私の経験からすると、そういう変なダンジョンってレアアイテムがある。私は今はなるべく特殊なダンジョンを調査しているからアイテム目当てではないけど」
ダンジョンXが消えてからの雪奈は、特殊ダンジョンに異世界への扉の可能性を考えるようになったらしい。日本国内だけではなく海外にある珍しいタイプのダンジョンも調査したいそうだ。
「レアアイテムっていえばさ、雪奈は何か持ってるの?」
「レアってほどじゃないけど……私のブレスレットは俊敏さを上げてくれてるよ。勇人くんは何か持ってるの?」
ハズレ穴で俺の《妖器賜与》を使って一回アイテムを作ってみたのだが、これがとんでもない“呪いのアイテム”で使い物にならなかった。
これまでアイテムボックスにも碌なのがなかったし……だから何も持って……。
あっ!
────持ってた。
「かなりご利益がある“死なないお守り”……ならあるよ」
「ええっ? なにそれ? とんでもないレアアイテムじゃないの?」
俺が紐をつけて首から吊るしているお守りを取り出して見せると、雪奈は吹き出した。
「神社のお守りのことだったのね、びっくりしたー」
五郎と並んで歩いていた真希が俺のことを見て、口だけ笑った。
そして、ようやく目的地である知床ダンジョンに到着した。
人の気配がない最果ての地の原生林。神々しく雄大なその風景の中にぽつんと小さなダンジョンがある。
完全にファンタジーの世界だった。
知床ダンジョンのすぐそばにはログハウス的な小屋があって着替えはそこで行い、貴重品などは置かれている金庫の中に入れておくというシステムらしい。
ストーブもあるので、ダンジョンから出てガイドさんに電話を入れたらこのログハウスの中で待つことになるそうだ。
「ユッピー、じゃあ今度はこっちをバックにして撮ってねー!」
「はいはい、わかった。じゃあポーズしてー」カシャ
ダンジョン装備に着替え終わったあとは、久留里の写真タイムだった。
これが北海道行きを渋った久留里との約束だったからしかたない。
写真タイムが終わり、ダンジョン入口につけられた扉のセンサーにカードをかざして中に入る。階段はいつもと変わりない、細くて狭い階段だった。
地下一階層におりて雪奈が言っていた「中に階段が多すぎる」の意味がすぐにわかった。
うん、多すぎる。
一階層フロアは鍾乳洞タイプの円形の空間だった。そして湾曲する壁に等間隔で下の階層へとつながる階段の入口が……20個くらいあった。
五郎が腕を組んで、眉をしかめる。
「う〜ん、こいつはまいったな。どれで下に降りたらいいんだ? どうせハズレは行き止まりなんだろ」
「ねえユッピー、みんなで別れてバラバラに入るのは? それでまたここに戻ってきて“当たり”を引いた人の階段にみんなで行くの」
「効率的だけど危なすぎるな。階段の中にモンスターがいるかもしれないし」
結局は“しらみ潰し”で探すしかない。
なんとなく、この地下一階まで降りてきた階段のすぐとなりの階段ではないような気がしたので、俺たちはまっすぐ正面の階段を降りることにした。
ダンジョンの階段について深く考えたことはなったけど、思い返してみると階段は2つのタイプにわかれていた。
エスカレーターのようにまっすぐ降りていくものと、学校の階段のように「くの字」に途中で折れ曲がっているものだ。
そしていま降りているこの階段は「くの字」のタイプだった。
階段が終わって、次のフロアに全員は入った。
「一発で当たり? ちょっとラッキーすぎていて怖いな」
「勇人……前方にある黒い岩、モンスターよ」
1階層と同じく鍾乳洞タイプのこのフロアの中央には、大きな黒い岩のようなものがあり、それがゆっくりと動き出した。
それは……北海道らしく熊タイプの魔獣だった。
熊はこっちに向かって突進してきた。
前に出た五郎は背中のスライド式の鞘から剣を抜いて熊の一撃を受け止め、真希は矢で、雪奈は火球で援護した。
熊がひるんだ瞬間を逃すことなく、今度は五郎が一撃を喰らわす。熊は前のめりに倒れて、そして黒い霧になって消えた。
「五郎……すごいね、どっちが熊かわからないね」
「ああ、久留里。俺も熊みたいだなって思った。はじめて出会ったときから強かったけど、最近はちょっと化け物じみた強さになってきてる。さてと……まさかここが最下層ってわけじゃないと思うけど」
「あっ! あっちに階段があるよ!」
「IMAI Group」の企業ロゴが入った黒マントをたなびかせながら、久留里は走っていった。
俺たちも久留里のあとについて行くと、階段入口の前に立っている久留里が顎に人差し指を当てて首をかしげていた。
「これ下に行く階段じゃなくて、上に行く階段なんですけど?」
「え? なんだかすごく嫌な予感がするな……」
そして階段を上ると、地下一階の壁にあった階段入口のひとつから出た。
そうきたか……ああ、長い“しらみ潰し”になりそうだ。
次回
エピソード77『クマ出没注意』




