73『新入社員』
正月休みが終わり、今日が西新宿ギルドの仕事はじめの日だった。
みんな故郷に帰ったり旅行をしたりとそれぞれ充実した年越しをしていたらしい。
まだ東京に来て日が浅い鯨山さんは実家には帰らず、マンションでルーシェルと過ごした……のだが、1月3日にちょっとした騒動があった。
「ルーシェル迷子事件」だ。
鯨山さんからルーシェルがいなくなったと連絡を受けた俺は、鯨山さんとルーシェルが一緒に暮らすマンションまで行って付近を探し歩いた。
ようやく発見できたのは3時間後。
中野坂上のマンションと西新宿ギルドが入っているオフィスビルの中間地点の公園。すぐ後ろに東京都庁舎が立つ新宿中央公園のベンチで猫を膝に乗せて座っていた。
ルーシェルにはコンビニの買い物くらいは許可している。
こっちに来てからハマりまくっているらしいグミがなくなり、買いに行く途中で見かけた猫を追いかけて迷子になってしまったんだそうだ。
すぐに俺はスマホを1台契約してルーシェルに渡した。
これで、これから迷子になっても連絡が取れるし、GPSで居場所もわかる。
スマホ操作に悪戦苦闘しているルーシェルの姿を見ながら、鯨山さんはいくら記憶喪失の身元不明人でもずっと閉じ込めておくのはかわいそうだと言ってきた。
正月休みが終わったら鯨山さんは朝からオフィスに行くので、そうなるとルーシェルは部屋にひとりきりで話し相手もいなかった。
そんなわけで……ルーシェルを西新宿ギルドの社員にすることにした。
こうすれば彼女も寂しくなく、俺にとっても目が届くので安心だ。
「本日から西新宿ギルドでお仕事をさせていただくルーシェルです。よろしくお願いいたします」
深々と優雅にお辞儀をするルーシェル。
オフィスに集まった西新宿ギルドAチームとBチームのメンバーは、彼女を拍手で歓迎した。
今日は雪奈は来ていない。そもそも彼女は西新宿ギルドの人間ではないし、年明けは北海道のダンジョンに行くと言っていたんだ。
この寒い時期に……すごい。
鯨山さんの補佐がルーシェルの仕事なので、ルーシェルは鯨山さんからPCの使い方を習っている。異世界から来て、いきなりスマホだのPCだの大変だろうな。
ギルドランキングが更新されていたから、俺は自分のPCで確認をした。
◆西新宿ギルド
【世界ランキング24位(前回22位)】
【国内ランキング4位(前回3位)】
ダンジョンXであれだけの戦いをしたけれど証拠はないし、レアアイテムが手に入ったわけでもないので実績のポイントが得られなかった。
ランキングが少し下がってしまったが、国内ランキングに関しては圧倒的1位の「神威連合」以下は“だんご状態”なので一喜一憂してもしかたがない。
────週明けから本格的に動きはじめないとな。
その後に雑誌の取材を受け、それが終わると丁度お昼になっていた。
真希が用意してくれた今年初の弁当を食べていると、ルーシェルがやってきた。
「キーボードというのは……本当に人間が扱えるものなのでしょうか? あら、ユウト様……そのお食事はどうされたのですか?」
「ああ、俺の昼はいつも真希が作ってくれるんだよ」
「なるほど、マキ様はユウト様の使用人なのですね! それとも専属の調理人?」
「違う違う! 真希は弓使いの凄腕探窟家だ。俺の食生活が酷すぎるから、栄養バランスが取れた弁当を1個余分に作ってもらってるんだよ」
ルーシェルは真希を見た。
真希は弁当のおかずを箸で口に運んでから一瞬だけルーシェルと目を合わす。
「私と勇人はあなたがここに来るずっと前からこうしてるの……そしてこれからも」
「ん……んんん……」
ルーシェルは唸りながら微妙な顔をした。
妙な空気が流れたが、ルーシェルは俺の方に振り返ると、いつもの気品のある笑顔に戻った。
「そうでした、ユウト様! お正月ずっと暇でしたので(鯨山)モモ様がお持ちになられている漫画というものを読んでいたのですが……それに言ってみたい言葉があったのです!」
漫画のセリフ? 鯨山さんってどんな漫画読むんだろ?
ギャグとかバトルとかって感じでもないし、意外とサブカルっぽいのが好きなような気もするし。
そしてルーシェルは俺の前に立った。
「セ……センパイ! わ……私とデートしてください!」
ルーシェルは漫画のワンシーンを再現するかのように、ぎこちない上目遣いをした。
……そうですか、お姫様はそういう漫画をお読みになられたのでございますね。
次回
エピソード74『メンチカツは異世界の味』




