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69『突然の消失』

あと少しで、今年も終わりだ。


今年は俺にとって「18年ぶりの再会」と「750年ぶりの再会」が同時に起こった年となった。



奥野勇人(おくのゆうと)33歳。もうすぐ34歳。


俺は深夜残業中のたった5分のうたた寝の間に、異世界で魔王として1000年間を生きた。


目覚めたあとの俺は4つの「支配者用スキル」を持っていたことがわかり、中小企業の営業職からダンジョンに潜る探窟家(シーカー)転職(ジョブチェンジ)をする。


戦士の黒波五郎(くろなみごろう)

弓使いの蛇澤真希(へびさわまき)

治癒士の今居久留里(いまいくるり)

記録員の鯨山桃(くじらやまもも)


さらに……中学時代の同級生で、ダンジョンの向こう側に異世界があると信じているダンジョンマスター・三法師雪奈(さんほうしゆきな)


そんな仲間たちと助け合い、現在西新宿ギルドはギルドランキングを物凄い勢いで駆け上がり中だ。


しかし俺は長くダンジョンに潜ると夢を見るようになっていった。


それは、魔王時代の数日間、お姫様と一緒に旅をしたときの夢だ。


そして……。


その異世界のお姫様────ルーシェル・ハイナスタリが、ここにいる。





俺にもたれかかっていたルーシェルは、そのまま気を失うように寝てしまった。

その寝顔は、とても幸せそうだ。



ルーシェルがいつから結晶体に閉じ込められていたのかはわからない。

ただ、雪奈より長い時間だったのは確実だ。

何らかの疲労があるのかもしれないな。


雪奈が心配そうな顔でルーシェルを覗き込む。



「勇人くん……その人は大丈夫なの?」


「ああ、寝ているだけだと思うよ」


「何語だったのかな? 聞いたことのない言葉を話していたけれど……」


「……マイナーな言語なのは……確かだな」



マイナーどころではない、現在この地球上でその言語が使えるのはルーシェルと俺だけだ。

俺はルーシェルのことは何もしらないフリをした。

真希は《千里眼(クレアボヤンス)》で40階層の隅から隅までを確認している。



「下に行く階段はなさそう。ここがダンジョンXの最下層でさっきのがラスボスだったみたいね」


「そっか……それじゃあ今日はもう撤収しよう。構わないよな雪奈?」


「うん、勇人くんの判断に従う」



五郎は前衛で常にモンスターと戦う。だから眠り姫を背負ったのは俺だった。

華奢な身体とはいえ“間違いなく実在している”重さを感じながら、ルーシェルが言った言葉を何度も思い出していた。



『お会いするために────あなた様の世界にダンジョンを作ったんですよ』



攻略ルートは全部わかっていたのと、途中のボスフロアのボスはまだ復活していなかったので帰路は早かった。

休憩を挟みつつ、俺たちはダンジョンXから抜け出してオフィスビル地下3階の元駐車場に戻ってきた。



「勇人くん、とりあえずその人をどこかで横にならせてあげましょう」


「あ、ああ。そうだね。オフィスフロアに仮眠用のベッドがあるから、そこで寝かせよう」



全員が、エレベーターホールの方に向かって歩く。

ルーシェルを背負って一番後方を歩いていた俺は、ふと思った。


結局、ダンジョンXには異世界へとつながる扉がなかった。

じゃあルーシェルはどうやって異世界からダンジョンXに入ってきたんだ?

どこかに見落としがあったのだろうか。


なんとなく振り返ってダンジョンXを見た。



「…………え?」



俺の足は強力な磁石で床でくっついたかのように動かなくなった。震えてしまって動かないんだ。



「ダ……ダンジョンXが…………そんな……」



全員が俺の言葉で振り返り、それを見て、同じように固まっている。



ダンジョンXは音もたてずに、元々何もなかったかのように。











────綺麗さっぱりと消失していた。






「皆さんお疲れ様でしたー! って、えええええ!? その女性はどうしたんですか!?」



オフィスに残っていた鯨山さんは俺におぶられているルーシェルを見て仰天した。


西新宿ギルドがワンフロア丸々使わせてもらっているこの43階の窓から見える新宿新都心は、もう夜景だった。


フロアの隅っこにはパーテーションで区切った仮眠スペースがあり、そこの小さなベッドにルーシェルを寝かす。



「あああ、もうワケがわかんねぇよ! 未公開ダンジョンの中に人がいただけでも信じられねえのに、そのダンジョン自体が忽然と消えちまうなんてよぉ。何なんだよこれ!」



頭を抱えている五郎だけじゃない、全員が混乱している。

真希が弓使い用の胸当てを外しながら話しかけてきた。



「それで、この人はどうするの?」


「俺が残って目が覚めるのを待つよ。具体的に今後どうしていくかは明日あらためて考えよう。みんなは疲れてるだろうし帰って休んでくれ」


「ユッピーだって疲れてるでしょー?」



久留里はスマホでSNSをチェックしながら話す。

もしかしたら彼女にとってのダンジョンの中での最大のストレスは、スマホが触れないことなのかもしれないな。



「まあ大丈夫だ。ちょっと個人的に“やること”が残ってるし」



全員は防具を脱いで武器と一緒に自分のロッカーに収納し、私服に着替えた。

俺もケルベロスのローブを脱いで、ロングTシャツとトレパンという動きやすい姿になった。


ルーシェルが寝ているベッドの近くに椅子を置いて座った俺に、帰り支度が終わった雪奈がパーテーションから姿を見せて声をかけてきた。



「大変なことになっちゃったね」


「ああ。ダンジョンX……消えちゃったな」


「……うん。もしかしたら唯一の異世界への扉が閉ざされてしまったのかも……じゃあ、またね」




雪奈はまたパーテーションの向こうに消えた。



「でもね」



……と思ったら、パーテーションから顔だけを出した。

雪奈は少しだけ視線をそらしてから言った。



「勇人くん、やっと一緒に来てくれて、私……嬉しかったんだ」



そう言うと雪奈はまた顔をひっこめ、オフィスから去っていった。



隠し続けるのはかなり心苦しい。


何もかも雪奈に話してしまいたいという気持ちが強くなってきている。

異世界のことも、魔王のことも、ルーシェルのことも……何もかもすべて。


真実を伝えても雪奈は絶対に口を割らない。それはわかってる。


だけど、重大な秘密を知ってしまった人間は狙われる側になることもある。

彼女は正義感で突っ走ったり無茶をしたりする性格だから、なおさら心配だ。


それに俺自身はまだ状況がまったく整理できていない、打ち明けるとしても、何が起きているのかを知るのが先だった。



エレベーターの扉が閉まる音がしてオフィスは静かになった。

天井の照明もほとんど消したこの無駄に広い空間に残っているのは、俺とルーシェルのふたりだけだ。



「…………さてと」



────実は



ルーシェルは、とっくに目覚めている。


ダンジョンの中で俺に背負われているときに一度起きたのだけれど『そのまま寝たふりをしていてくれ』と異世界語で小声で伝えていた。

彼女はそれに従って静かに目を閉じていた。




俺はベッドの上で美しい銀色の髪の毛をひろげて仰向けになっているルーシェルに異世界語で話しかけた。



『もういいぞ。じゃあ何がどうなってるのか、すべて聞かせてくれよ』




ルーシェルは静かに、長いまつ毛のまぶたを開く。



────夜の光を受けてかすかに輝くエメラルドの瞳が、俺を見つめた。




次回

エピソード70『ブートストラップ・パラドックス』

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