59『約束、ふたつ。』
真希は鍵を回した手で、そのままドアを開けた。
真希の姿を見た三法師雪奈は固まり、固まったまま俺の顔を見てきた。
久留里のときはほぼ軽蔑の顔だったが、あのときとは違う茫然とした顔だ。
部屋にあがって、まだ湯気が立っている朝食が並ぶローテーブルの前に来た雪奈は「……美味しそう」と小さくつぶやいてから、テレビで何度も見たちょっと嘘くさい営業用スマイルをした。
「久留里ちゃんは許せないけど、真希さんだったら、うん。とってもお似合いだと私は思うよ」
「待て……また勘違いするなよ。俺たちはそういう関係じゃないぞ」
真希は長い脚を折りたたんで座り、静かに朝食を食べはじめながら俺を見た。
大きく見開くことのないアンニュイな目で。
「ところで勇人、ルーシェル……ルーシェル……と何度も寝言で言ってたけど、あれはなに?」
「えっ!? そんな寝言を……俺が……」
雪奈は額に手を置いて呆れた顔をしている。
「ルーシェル? 勇人くん……魔王ってのはあだ名だけじゃなかったのね。きっとあなたは何人もの女性に魔の手を……しかも外国人にまで……」
「魔の手とか言うな!」
「ちなみに勇人が言うように三法師雪奈は勘違いをしているわ。酔い潰れた勇人を連れて帰った私が疲れてしまって泊まらせてもらっただけ、彼はソファーで寝てた」
「え? そうだったの? たしかに勇人くん、昨日最後は倒れていたけど……」
真希は雪奈に嘘を言った。
助けてくれた……のか?
とりあえずルーシェルのことはアニメかゲームのキャラだろうとはぐらかし、3人で一緒に朝食をとった。俺は雪奈が買ってきてくれた弁当も食べることにした……しかもよりによって唐揚げ弁当……重いが仕方ない。
そして雪奈は昨日の打ち上げのときのことを謝ってきた。
別に雪奈が悪いことしたわけでもないし、謝られても困るけど。
「ねえ勇人、三法師雪奈を手伝ったらどう?」
「え……俺が異世界への扉探しを?」
まあ、(雪奈がひとりで勝手に突っ走ったとはいえ)俺にも責任の一旦はないとはいえない。
それに中学時代に雪奈が学校に行こうとずっと誘ってきてくれたのに、あのときも結局彼女の言葉では動かなかったという負目もある。
それになんだか今日の真希は、ちょっと怖かった。真希の提案には従った方が良さそうな空気があった。
「そうだね……雪奈、ダンジョンXの調査を手伝うよ。ただし西新宿ギルドの人間は出さない。これは俺と雪奈の個人的な問題だからな」
「本当!? 本当に!?」
「ああ、約束するよ」
雪奈の瞳は潤んでいた。
でももし万が一異世界への行き方が判明したら、できればそれだけで雪奈には満足してもらいたい。地球人と異世界人が接触しても碌なことにならないんだから、それは説得しないとな。
雪奈は弁当を食べ終わると、調査の準備をするから帰ると言って玄関に向かった。俺と真希は玄関内で雪奈を見送った。
「フラフープくらいの穴に入るサイズのモノならなんでも持っていけるから」
「うん! ありがとう勇人くん!」
雪奈は営業用スマイルではない、心からのスマイルでドアを閉めた。
真希は玄関部からリビングの方へと歩き、そして立ち止まった。
「これで三法師雪奈には貸しができたわね」
「へっ?」
「あなたにも私に嘘を言わせた貸しがある。調査から戻ってきたら私ともひとつ約束して。約束の内容は……考えておくわ、覚悟しておいて」
振り返って俺を見つめるその目は“笑っていない、笑っている”目だった。
────やっぱり今日の真希さん、怖いです。




