58『トマトと豆腐の味噌汁』
ごろんと寝返りをうった。
俺の顔のすぐ前に黒く長い髪がある。
掛け布団をそっとめくると、陶器のように白いスレンダーな背中と尻が現れた。
その長い髪の人間もごろんと寝返りをうって目が合う……となりで寝ていたのは真希だった。
「起きたのね……おはよう」
「あの……ええと、俺ってどうやって家まで帰ったっけ?」
「……覚えてないの?」
何も覚えていない。
打ち上げのあとに何があったんだ? なんで真希は服を着てないんだ?
「三法師雪奈がバカみたいに泣き喚いて、そのあとあなたがバカみたいに飲んで潰れたのよ。それで私がタクシーでここまで連れてきたの」
「そうだったのか……それで、どうしてここで一緒に寝てたんだ……」
「あなたが「今夜はここで寝るんだ、文句は言うなよ」って偉そうに言ったんでしょ、しかもイケボな感じで……それも覚えてないの?」
俺がそんなこと言うわけないと思うが……しかもイケボって何だよ……あっ!
洞窟を指差してルーシェルにそんなことを言ったような気がする!
寝言か! もしかしてあの夢、ヘビーローテーションしてる?
待て待て待てぃ! 真希の中で俺はとんでもない強引な男になってないか?
誤解を……どうやって解けば……。
真希が身体を起こしたので俺は咄嗟にまたごろんと背を向けた。
彼女はベッドから出て服を着ているようだった。
「……で、なんで服を着てなかったんだ?」
「お酒飲むと、身体が暑くて寝苦しくなる体質なの」
「はあ……そうですか……」
かなり長く寝ていたようで、もう午前11時近くだった。
真希はアパートを出ていくと、コンビニのビニール袋を手にぶらさげてすぐに戻ってきた。
うちのすぐ近くのコンビニは少しだけど野菜も扱っていて、これで昼食を作ってくれるらしい。
トントントンと包丁で小気味の良い音をたてて、ちゃっちゃと調理していく真希の後ろ姿を眺めながら俺は待ち、そしてテーブルに料理が並べられた。
塩握りと、トマトと豆腐の味噌汁と、卵焼きだ。味噌汁にトマトが入ってるのははじめて見た。
「トマトのリコピン酸はアルコール代謝を助けてくれるし豆腐は胃に優しい。塩握りは脱水で失ったミネラルを補給してくれる。卵焼きのタンパク質は肝臓を助けるの。二日酔いにはこういうご飯がいいわよ」
「俺を連れて帰ってくれて、昼飯まで……こんなにしてくれなくていいのに」
俺がそう言うと真希は少しだけ微笑んだ……相変わらず何を考えているのかよくわからない。
そして「いただきます」と言おうとしたその時、チャイムがなった。
そういえば今日の午前中にネット通販の宅配があるんだった。
「はい、は〜い。いま開けますよ」
「……三法師です」
俺はドアの鍵を開ける手を止めた。玄関前にいるのは配達員さんではなく、雪奈だ。
覗き穴から見ると、申し訳なさそうな顔の雪奈が手に弁当屋のビニール袋をぶら下げている。
「……あの……昨日のこと謝りたくて……あと、もしお昼まだだったらと思って……」
ビニール袋の中には、たぶん弁当がふたつ。ひとつは俺のぶん……なんだろうな。
なんであなたは、いつもこういうタイミングで来るんだよ!
ああ、事務所の引越しだけじゃなく自分の引越しもしておけばよかった……オートロック付きのマンションに……。
カチャ
内側ドアノブの鍵を回した────真希が。




