44『地下駐車場』
旧事務所の荷物を新事務所に運んだ引越し業者は「これだけなんですか?」と戸惑っていた。
はい……これだけなんです。
机が4つとあとはスチールラックやロッカーが少しだけ。
テニスコートの半分くらいで十分なモノが、サッカーコートの半分くらいの広さのオフィスに置かれているのはシュールでしかなかった。
「あ……あの、よろしくお願いいたします」
ギルドの事務兼記録員として入ってきた鯨山桃さんが深々とお辞儀する。
鯨山さんは白のブラウスの上にチェックのベスト、黒のタイトなスカートに足元はかかとの低いパンプスで、なんだか本物の事務員さんという感じだった。
「桃ちゃんかわいいー! ちっちゃいOLさんだー! ほら桃ちゃ〜ん、写真撮るからこっち向いてー!」
「そ……そんなキッザニアに子供を連れていった保護者みたいな……」
恥ずかしがる鯨山さんを久留里がスマホで撮り続けている。
久留里が鯨山さんを事務員として迎えようと提案したのは、鯨山さんが記録員になる前はとある企業の経理部門にいたのを聞いていたからだ。
鯨山さんには電話やメールの対応、お金や取引の流れといった経理関係をお願いした。
電話対応ひとつにしても助かる。
自分だけじゃ手が回らないのでギルドメンバーにやってもらったことがあったが、五郎は高圧的、真希は塩対応、久留里は名前も要件もメモすらしない……とにかく最低だった!
鯨山さんには記録の念写が必要なときはダンジョンに同行してもらう。
また彼女に他のギルドから記録員としての依頼がきた場合は、興味があれば自由に行ってかまわないというフレキシブルな雇用形態になっていた。
「無理言ってしまってすいません。辞めたくなったらいつでも辞めても大丈夫ですからね」
「そんなっ、奥野さん! お話をいただいてすごく嬉しかったんですよ! それにしても……広いですね、このオフィス……」
「そうなんです。提供して貰ったのはいいものの、どうやって使おうか悩んでいます」
「せっかくなんですから所属する探洞家を増やされては?」
ギルドランキング1位を目指すのならばギルドを拡大していくのが正しい。実際「西新宿ギルドに入りたい」という連絡はかなり来ていた。
しかし組織が拡大すればどうしても規律やルールが重要になってくる。
その手本となるのは古参の人間になるのだが……俺は五郎、真希、久留里の顔を浮かべた。
……無理じゃないか?
「あっ! パパー!」
2名のスーツの男を従えて久留里の父親がオフィスに入ってきた。
「奥野さん、いかがですか? 不都合とかはございませんか?」
「素晴らしい環境です。大いに持て余しすぎるほどの」
「はははは。実はですね、こちらに入っていただいたのはプレゼントをお渡しできるからなんですよ」
「プレゼント……ですか?」
イマイグループの会長は西新宿ギルドのメンバーをエレベーターに乗せ、地下3階のボタンを押した。
地下3階に着くとすぐにドアがあった。会長が壁にあるテンキーで数字を入力すると「ピッ」という音が鳴ってドアが自動でスライドする。
「現在は立ち入り禁止となっていますが20年前は地下駐車場でした。ぜひ西新宿ギルドの皆さんに24時間いつでもご自由に使っていただければと思います」
コンクリート打ちっぱなしの、灰色をした薄暗いその場所には──下部に入口がある巨石があった。
ダンジョンだ。
信じられない……こんなところに、ダンジョンが……?




