38『雪奈の執念』
話が終わって電話を切ったら、またすぐかかってくる。
久留里のアカウントの「富士山ダンジョン攻略投稿」がバズりまくったせいだ。
内容は野営時の食事風景、石の竜巻との戦い、ボス攻略後の集合記念写真、温泉風景……などなどだ。
久留里のフォロワーも爆増していて彼女は呑気に喜んでいるんだろうが、こっちは大変だった。
ありとあらゆるメディア媒体が西新宿ギルドへの取材アポイントを取ろうとしてきたのだ。
俺は新卒時代に身につけた社畜スキルの《電話番》で名前・会社・要件を数秒でメモしながら対応し続けた。
「恐れ入りますが、こちらで内容を記録のうえ、折り返しの可否含めて内部で検討させていただく流れとなってお……」ツーツーツー。
受話器を置くと沈む部品に真希の指が乗っている。
通話中に勝手に切るのもどうかとは思うが……しつこい相手だったし、ま、いいか。
真希のもう片方の手の指は弁当が入っている巾着袋の紐をつまんでいた。
受話器は外したまま、ふたりで昼飯の時間となった。
あいかわらず今日の弁当もうまい。
俺の机の上のスマホがブブッと震える。
メッセージが着信していた。
((明日、会える?))
その送り主は……三法師雪奈だった。
次の日の土曜日、雪奈が指定したホテルのラウンジに夏用のジャケットを羽織って行くと、すでに彼女は先に到着して待っていた。
1200円のコーヒーを飲む……前の職場のまずい焦げたコーヒーとは違うさわやかな酸味とコクが調和した美味しいコーヒーだった。でも1200円だ。
「おめでとう勇人君、富士山ダンジョンの写真見たよー」
「ああ、“目標”への第一歩としては出来過ぎかもしれない」
「目標って?」
「笑うなよ……ランク1位だ。世界一のギルドを運営したいってぼんやり考えてはいたんだ。世界一って曖昧だけどギルドランキング1位なら良い目標になるだろ?」
雪奈は右上に視線を向けて少し考えるような顔をした。
「ねえ勇人くん、三大ギルドよりランキングで上に行くのは難しいと思うよ……正直不可能だと私は思う。ひとつだけ方法がなくもないけど……」
「え? それってどんな?」
「ダンジョンの向こう側にある異世界に辿り着けば、攻略実績のポイントで文句なしにランキング1位になれると思うわ」
「結局またその話かよ!」
「一緒に夢を叶えようよー! お願いー!」
高級ホテルの身なりの良い客たちが、何事かという顔で俺たちを見ていた。
ああ、もう……なんで諦めてくれないんだろうか。
そのとき、ふっと思い出した。
雪奈が一緒に学校へ行こうと何度もしつこく誘ってきた頃のことを。
俺は学校には行きたくはなかったが……雪奈のことは好きになりかけていた。
だけど人気者の雪奈はただ優しい子なだけで、俺みたいな引き篭もりのネトゲヲタが勘違いして好きになったら迷惑だろうとその感情は消したんだった。
……もう20年近くも前の話なのか。
雪奈から逃げるようにして自分のアパートに帰った俺は明日の予定を考えていた。
せっかくの日曜日だし、ギルドとかダンジョンとか忘れてひさしぶりに映画でも観にいくのも良いかもしれない。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。玄関のチャムが鳴った……誰だよ、3回は多いぞ。
ドアの覗き穴から外を見ると、そこには魚眼レンズで歪んだ金髪の女が能天気な笑顔で立っていた。
「中にいるんでしょユッピー! 家出してきちゃったから、しばらく泊めてー!」




