31『秘湯・魔王の湯』
全員泥だらけで到達した20階層は10階層とよく似た広い洞窟で、わずかに硫黄のツンとする刺激臭が漂っていた。
端正な顔を泥で汚した真希が俺に話しかけてきた。
「黙示録でも黒魔術でも、硫黄の匂いって地獄や異界を連想させるものになってる。元はボスモンスターがいた場所の匂いとしてはピッタリかもしれないわね」
「俺たち日本人からしたら、温泉地の匂いでしかないけどな」
たぶん硫黄は過去にこの階層に棲み着いていたボスモンスターの栄養源かなにかだったのだろう。
野営場所を決めた俺たちは、西新宿ギルドで唯一この階層に来たことがある五郎に案内されて温泉があるという場所に向かった。
ここは間違いなく日本で最もたどり着くことが困難な、究極の秘湯だろうな。
「五郎さ〜ん! いい湯ですよ〜!」
着いた場所にはひょうたん型の大きな温泉があり、五郎の元同僚のハチマキ男が湯に浸かりながら手を振っている。
湯気が立ちこめるその硫黄泉を2ギルド分くらいのむさくるしい男どもが、とてつもなく開放的な姿で楽しんでいた。
鯨山さんは耳まで真っ赤にして顔を伏せている。
「さすがに、これは丸見えすぎて……真希ちゃん、どうしよ?」
久留里が真希に尋ねると、真希はすでに服を脱ぎはじめている。
おいおいおいっ!
「ちょっと待て! ストーープッ!」
「……なに?」
以前も平然と着替えをしていたがまったく何を考えているんだろう。
こんな野獣どもの前で肌をさらして、間違いがあったらどうすんだよ。
まあ、真希はうまく逃げて200メートル先から首に矢を貫通させるだろうけどさ。
変人の真希はともかく、久留里と鯨山さんはこのままでは疲れが癒せない。
俺はギルドのリーダーとしてメンバーの健康、衛生、精神の状態を管理する必要があった。
「みんな一旦お湯から出てくれ。すぐに終わるから」
男どもは“魔王”の言葉にはすぐに従った。
さてと、ここは迷宮と違って天井も高いから問題ないだろう。
《闇築因子》
ゴゴゴ……という音とともに、ひょうたん型の湯に沿って茶色い壁が立ち上がった。
さらに温泉の中央に凹字を逆さまにしたような建造物を建てて男女別にし、脱衣場も作った。
はじめて《闇築因子》を見た男たちは何事かと混乱している。
「じゃあ、これで安心して温泉に入れるから、あがったら飯だぞ」
「やったー! ユッピーさいこー!」
「ありがとうございます勇人さん。泥で汚れた服もついでに洗わないとですね」
温泉の男湯女湯を作ることになるなんて、200年もかけてスキルを習得したときには想像もしなかった。
ちなみに温泉は気持ちよかった。
これまでの疲れがお湯の中に溶けていくようだ。
地下という閉ざされた世界の中で、緊張の心もほどけた気がする。
仕切り壁の向こうからは女の子たちの楽しそうな声が漏れ聞こえてきた。
そして、さっきから「余計なことしやがって」という野郎どもの視線を感じてる。
こんな憎悪に満ちた目を向けられたのは、魔王時代以来かもしれない。
着替えを済ませて脱衣場から出ると、温泉効果なのか艶やかな肌になったTシャツ姿の3人が岩の前で何かをしていた。
「何やってんの?」
「あ、ユッピー! ほら見て! 上手でしょ?」
温泉の前にあった岩には久留里によって「魔王の湯」と彫られていた。
「硫黄の湯」のダジャレみたいになってないか?




