29『眠れない夜』
壁や天井が仄かに発光しているおかげでダンジョンの中は常に明るい。
しかしそれは“完全な暗闇がない”という意味でもあった。
少しでも明るいと寝れないという人はいる。
なので日帰りではないダンジョン探索にはアイマスクが必須アイテムだった。
モンスターと戦った五郎と真希、無駄にハシャギすぎの久留里は疲れきってよく寝ていた。
しかしダンジョン内を歩いていただけの俺にはそこまでの疲労はなく、眠りについてから数時間後に目覚めてしまった。
アイマスクを取って体を起こすと鯨山桃さんが膝を抱えて座っていた。
「あれ……鯨山さんも起きてたんですか?」
「あ……はい。一度寝たんですけど目が覚めちゃって……」
他のみんなを起こさないように俺と鯨山さんは静かに移動し、まだ残っていた炭の火で牛乳を温めて一緒に飲んだ。
「とっても美味しいです。温かくて心が落ち着きます。不思議ですよね、九月上旬で外はまだ暑いのにダンジョンの中は一年中18度くらいなんですから」
「うまくやれば避暑地として開発できるかもしれないよなぁ」
「たしかに!」
カップを両手で持ってフーフーしている鯨山さんの横顔を見ながら、彼女についてずっと気になっていたことを考えていた。
鯨山さんは念写のスキルである《瞬写紙記》を自分が持っていると知ったから記録員をやっている。
通常、ステータス診断をするのは探窟家に興味があるタフな連中が多い。この小柄で臆病な女性がどうして探窟家になりたいと思ったのだろうか?
「鯨山さんは……なんでステータスを調べようと思ったんですか?」
「え?」
鯨山さんは大きな目を小動物のようにぱちくりとさせた。
しまった……ちょっと踏み入りすぎてしまったかも。
「すいません、変なことを聞いちゃったかも……忘れてください」
「いえいえ! 勇人さんがそう思うのも当然だと思います。だって私ってこんな感じですし」
彼女はホットミルクを少しだけ飲むと、カップを見つめながら続けた。
「私ってなにも特技がないんです。勉強ができるわけでも運動ができるわけでもないですし、コミュ力は低いですし。小さい頃から習い事はたくさんやってきましたけど結局ひとつも身につきませんでした。でももしかしたらスキルなら持っているかもって……」
「そして診断したらあったわけですね。ワンスキルでも1000人にひとりと言われている特別な才能が」
「はい! とても嬉しかったです。だからせっかくのその才能を活かして……お恥ずかしいんですがナンバーワンの記録員になりたいと思いました。でも長い探索の同行は断られるんです。声も背も小さいし、すぐオロオロするから……きっと足手まといに見えるんだと思います」
俺も彼女の同行を断ろうとしていたことを思い出した。
けれど一緒にダンジョンに入って感じていたことがある。
小柄な体格のおかげで敵から視認されにくく被弾のリスクも低い。
慎重な性格のおかげで無闇に動かず、敵の注意を引かず、冷静に記録に専念できる。
戦闘には参加しない記録員として、彼女の“一見頼りなさそう”に感じさせる特徴はむしろメリットなのかもしれない。
「じゃあ素晴らしい念写を残して帰りましょう。その実績がきっと鯨山さんの未来を切り開くと思います」
「え……は、はいっ!」
「そうら! それでインスタにアップして私の未来も……むにゃ」
いつ間にか起きていた久留里は鯨山さんに倒れ掛かると、そのまま寝てしまった。
なんだコイツは! 間違って起動したロボットか?
久留里は膝まくらで寝息を立てている。
俺と鯨山さんは顔を見合わせて、笑った。




