1『持たざる者』
「本日は、ダンジョン黎明期から第一線を歩み続けてこられた三法師雪奈さんにお越しいただきました。三法師さん、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
「三法師さんは、民間ギルドが許可された年に探窟家となられ、現在に至るまで18年にわたり活動を続けておられます。まさに“ダンジョンマスター”とも言える存在でしょう」
「光栄です。私はたまたまスリースキルだったので、恵まれてはいました」
「1スキル持ちがおよそ1000人にひとり、2スキルが10万人にひとり、3スキルとなると1000万人にひとりと言われています。天賦の才と言ってもいいスキルを多く持っていたことが実績につながっているわけですね」
「ダンジョン内ではスキルの有無が重要です。スキルなしの男性格闘家よりも、スキルを持つ一般女性の方が深く潜れる……そういう世界なんです」
「このあと番組では三法師さんが目指している“ダンジョンの向こう側”について詳しくお聞かせいただこうと思います」
再放送番組が流れていたテレビを消した。
俺ひとりしか残っていない初夏の深夜のオフィスは、静寂に包まれた。
「ダンジョンの向こう側を目指す……か。凄すぎると羨ましいとすら思わないんだな」
中学の同級生だった三法師雪奈はダンジョンを抜けた先にあると言われる異世界を目指しているっていうのに、俺は「朝イチでほしい」とクライアントから急に言われた見積書を作るために今夜も残業だ。
世界中にダンジョンが出現した20年前、引き篭もりだった俺に“本気でやりたいこと”ができた。
それはダンジョンを制覇しまくって、仲間を集めて、自分のギルドから凄腕の冒険者たちを何人も輩出することだった。
あの頃、学校にも行かずにハマってたMMORPGではギルド管理を任されていた。
新人をサポートしたり、ダンジョン攻略のルートを考えたり、ロジスティクスを回したりの毎日だ。
たぶん冒険者になるより、誰かをまとめる方が性に合ってたんだと思う。
ちなみに運営は「超」がつくほどの謙虚堅実がモットーだった。
まあ、だけど、俺の夢はあっさりと壊されてしまった。
ダンジョンに挑むにはスキルを持っていることが必須だと判明したが、俺はひとつも持っていなかったんだ。
1スキル持っているだけでも特別なのだから、と自分を納得させるしかなかった。
夢が破れたのをキッカケに学校に通い出した俺は、いまは平凡なサラリーマンだ。
いつのまにか「スケジュール調整」や「飲み会の幹事」なども押し付けられることが多く、そういう役回りになってしまうのだけはネトゲをやっていた頃と変わらない。
引き篭もりを脱却して親や親戚は喜んでいたけれど──俺は結局、“本気でやりたいこと”がその後見つからないまま、年齢だけはイイ大人になってしまったな。
テレビの前から自分のデスクに戻った俺は、マグカップの中の黒い汁を啜った。
コーヒーメーカーで酸化しまくった、いつもの苦くてまずい味だ。
PCの画面が滲んでる。
あ〜ダメだ。コーヒーなんかじゃ目は覚めそうにないぞ。
30分くらい脳を休めないと入力ミスしまくりそうだ。
俺は安っぽいオフィス椅子の背にもたれかかって、目を閉じた。
時計を見ると時間は深夜の2時ちょうど。
大丈夫だ、寝過ごすなんてことはない。
《椅子仮眠》は俺が身につけた社畜スキルのひとつだから。
俺は眠り────そして目覚めた。
「んんん…………ふむ、ここが黄泉の国……か……」
ちょっと待て! これは、どういうことだ!?
目の前に広がる薄暗いオフィスの風景に自分は──1000年ぶりの懐かしさを感じていた。




