第2こん 「無言」と「ありがとう」と「素麺」
次の日も俺は白山様に向かった。
気温は10時を過ぎれば30度を余裕で超えてくる土地である。
川の魚は茹で上がらないのだろうか?
勉強にステ振りをしなかった晃少年は水筒を首から下げ、飼い犬のジャックと田んぼ道を駆けずり回っていた。
「今日は返事してくれるかなぁー」
とか。
「尻尾触ったら怒るかなぁー」
とか考えていると白山様のお地蔵さんにお参りをしていた女の子がこっちを見ている。
俺が気付くよりもずっと前からこちらを向いている。
そんな気がした。
金色の瞳に透き通った白い肌。太陽の光を反射して輝く腰まで伸びた銀髪。
緋袴…では無く、同級生が着るような芋っぽいトレーナーと膝位まであるデニムのスカートだった。
が、彼女の特異な容姿と、ここが朽ちたお社であると言う事実があまりにも怖くて晃少年は軽くチビってしまった。
軽くな?全開じゃないぞ?
完全に腰が抜けてしまい声も出ない。
頼りになるのは我が家の番犬ジャックさんのみ。
勇ましく晃少年の前に立ち威嚇する。
いいぞージャックさんやっちゃって!
と思いきや尻尾を股に挟んで後退り、いつも郵便配達のお兄さんに向ける唸り声はどこへやら…
「にぉうん」
と情けない声で涙の敗走。
もういい!良くやったよ!
ガタガタと震える手で水筒の口を開け、麦茶を喉に流し込むと俺は意を決して声を振り絞った。
「き、君はだれ?どどど、どこから来たの?な、名前は?」
我ながら意気地のない…完全に声が裏返ってしまった。
彼女は瞬きもせずにこちらをジィ〜っと見ている。
こえぇよ!なんか言ってよ!という俺の気持ちを察してはくれずに金色の双眸はこちらを見つめているように睨んでいるように俺から離れてくれない。
涙まで出てきた。俺食べられちゃうのかなぁ…と袖で涙を拭おうとした瞬間、手のひらに痛みが走った。
尻もちついた拍子に木の枝で手のひらを切ったらしい。
血も出ていた。
それにも気付かないくらい気が動転していた様だ。
それを見ていた金眼銀髪の女の子はゆっくり俺の方に近付いてくる。
血の匂いで寄ってきたって事は…きゅ、吸血鬼か!?
などと夏の真っ昼間の炎天下に意味不明な供述を脳内でした晃少年は目をギュッと瞑って襲い来る痛みに耐えようとした。
が、いつまで経っても手のひら以外の痛みがやって来ない。
全身を覆っている冷や汗が不快感を駆り立てる。
濡れたズボンも張り付いて気持ち悪い。
…てかジャックさん?さっきから怪我した俺の手のひら舐めてくれるのは嬉しいけど犬の唾液って大丈夫なん?
とか考えていたらより一層強い風が草木を鳴らした。
すると青っぽい草木の薫りとお日様のような温かな匂いが鼻を抜けて行った。
思わず目を開けるとそこには怪我をした俺の左の手のひらの傷を舐めている金眼銀髪の少女がいた。
「なな、なんで?食べるの?」
我ながら馬鹿な質問をしたもんだ。
どう見ても治療してくれてたんじゃないか。
少女は表情筋が死んでるんじゃないか?
って位に口角も動かないし、眉一つ動かない。
傷口を綺麗にしてくれ、最後にはハンカチで止血までしてくれた。
「血が付いちゃうからいいよ!」
と断っても彼女は頑なに譲らなかった。
「あ、ありがとう。でもゴメンね?」
彼女は無言、無表情でこっちを見てくる。
僅かに首を傾げていたので勝手に
「なにが?」と聞いているという風に捉えて説明した。
「びっくりして、勝手に転んで、食べられるー!とか思っちゃった。ケガしたのきれいにしてくれてハンカチも汚れちゃうのに結んでくれてどうもありがとう」
彼女は首を今度は横に振った。とても小さく。
「外国の生まれ?きれいな髪と目だね!」
会話は成立してないし表情もほぼ変化が無いので一方的に話してるだけなのだが「なんとなく」そう「なんとなく」仲良くなれる気がした。と言うか俺が仲良くしたかったんだと思う。
色々な質問をしても彼女は口を開かなかったが、
「はい」と「いいえ」
つまりは首を縦に振るか横に振るかの質問をして一人芝居の様に話?をしていた。
しばらくすると遠くからおばあちゃんの声か聞こえてきた。
「晃ー素麺出来だぞぉー」
今日の我が家のお昼はこの夏何度目かも分からない位ヘビーローテしている素麺さんらしい。
「いっぱいあるから一緒に食べよ!」
出会ったばかりの女の子を家に連れ込もうとする小学生、晃少年だったがアッサリと首を横に振られてしまった。
首にも女の子にも振られておる。
悲しい。
「じゃあまたね!ハンカチ洗って返すからね!」
と再会の約束にもならないような幼い約束。
また会えると信じて疑わない純粋な気持ち。
振り向いて歩き出す瞬間に彼女は初めて口を開いた。
「ねぇ」
俺はびっくりして振り返った。
初めて聞く少女の声は透き通っているが故に儚げで、まるで風鈴の音色の様に心地良く俺の耳に届いた。
「な、なに?やっぱり素麺、一緒に食べる?」
彼女はやはり首を横に振って断った。
そして瞬きもせずに俺の目をじっと見てこう言った。
「君、おしっこ臭いよ」
その日の素麺はいつもよりしょっぱかった。




