第5話
目を覚ましたらさっき見た天井で、誰もいなかった。案外どこも痛くなくて、見渡してみるとカーテンから薄い光が漏れていて朝方のようだった。
「案外時間たってるのか。ナースコールかな」
頭の上のナースコールを押すのに起き上がろうと、モゾモゾとベットで動くと違和感があった。
「ん? え、これ右手……か?」
違和感の出処も分からず一旦手を出してみると、利き手に明らかにギプスと呼ばれるものがついていた。
「はぁぁあ!?」
「とうしました月見さん!」
バタバタと看護師がすぐに入ってきて僕を見る。僕も看護師を見る。
「あぁ、月見さん起きて良かったです。幸い特に大きな怪我はありませんよ」
看護師は無事に起きている僕を見てすぐに平静を取り戻して話しかけてくるが、全然僕はそれどころじゃない。
「いや、めちゃくちゃ大きなギプスが右手についてるんですけど……」
「車に撥ねられたんですよ、頭も打って意識がなかったみたいですが幸い頭は無事です、手の方は今からお医者さんから説明ありますからね」
そのままペラペラと朝ごはんと診察の説明をされる。うんうんと頷くことしか出来ないし、とにかく利き手が塞がっていることで頭がグルグルして落ち着かない。骨折とかじゃないよな、腱鞘炎が見つかったとかか?
僕の意味のわからない望みは三十分後に当直の医師に打ち砕かれた。
「ヒビが入ってる骨折ですねー、まあ若いから全治一ヶ月ってところかな」
「あの、来月大事な用事があるんですが」
僕もここで引く訳には行かない、来月は末に桜湊杯本番だ。1ヶ月で治るということは本番には間に合うが、もちろんそれまでにたくさんの練習もある。
「手を使うのはしばらく無理だよ、左手で食事する練習とかしてね」
「はい、じゃあ月見さんこちらへどうぞー」
サラッと終わった診察に看護師の声に従って出るしか無かった。
もう今日は帰ってもいいらしい。一人しかいない大部屋のベッドに戻り帰る準備をしていると、段々と絶望の実感が湧いてきた。
「痛っ」
荷物をまともに持とうとすると痛みが走って、これではきっと生地を混ぜることも道具や材料を持つことも出来ないだろう。止めようのないため息を吐きながら目をつぶり俯いた。部屋の外の音も遠のいて沈黙が訪れる。
「こんな途中で、こんなことで終わるのか……?」
明日からほとんど何も出来ないなんて、どんな日々になるのか想像もつかない。
このまま病室にいても気が滅入るだけだと、外に出ることにした。
「何もあてがないな……することもない」
帰る時に使っていたリュックをそのまま背負い、病院の敷地内をフラフラと歩いていた。
「あれ、ここどこだっけ」
気がつくと敷地の端っこの方に来ており、止まって周りをちょっと見渡す。
「え!?」
路地裏みたいな雰囲気の建物の隙間からいきなり聞こえた声に振り向くとひなたがいた。変な場所に入れど朝の空気とマッチして相変わらず綺麗なのだが、なんというか。
「に、匂う……」
「な、なんでここにアキくんが……!」
そんなことを言われても。ギプスに邪魔されながら不格好に腕を組みひなたを見る。ひなたは見た目に似合わない紙タバコを手にしてあたふたしていた。いや似合わないこともないか、コンセプトによっては。
「い、一本吸う?」
目をグルグルにしながらテンパったひなたが火のついたタバコを差し出してきた。それ吸いかけだしもうめちゃくちゃ短いが。
「要りませんよ」
「じゃあなんで来たのよ。こ、ここ喫煙所だからぁ!」
次回 第6話-どうして