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冒険者登録試験その2

「待たせたな」


低いがよく通る声に顔を上げると、予想通りの人物が立っていた。


40代前半くらいに見える筋肉質のヒューマンの男。

浅黒い肌、睨むような鋭い眼光。

もみあげは顎髭と繋がっており、癖毛なのか無造作に伸ばされたように見える黒髪とも相まって野生的な印象を与えている。

大きめのボタンのついた茶色の革の、襟付きシャツ。

肘あたりまで腕まくりした袖からのぞく、いくつかの傷痕の残る鍛えられた太い腕が存在を主張していた。


身長は175センチの自分と比べ頭一つ分高い。 


(ドラン‥見た目怖っ)


エラント冒険者ギルド長、ドラン。

元は船乗りであり、腕っぷしの強さから友人冒険者に頼まれた時のみにクエストへ同行する形で冒険者を兼業していたが、徐々にランクを上げ、最終的にはゴールドフィフスクラスまで到達。

その強さに加え、面倒見のいい人柄の噂も広まり、エラント商工会の議会員と前冒険者ギルド長の推薦を受けてギルド長に就いた人物である。


「はじめまして。クライムといいます」

軽く会釈をして挨拶をする。


「おう。ギルド長のドランだ」

(見た目イカついけど、カッコいいなこの人)


鍛えられた肉体、落ち着いた雰囲気はいかにも『漢』という感じだった。


「模擬戦といっても、その辺のモンスターにやられない程度に戦えるか軽く確認するだけだ。心配しなくてもいいぞ」


不安が顔に出ていたのだろうか。

ドランは安心させるような口調でありながら、少しからかうようにニヤリとした。


「そうなんですね」

(まぁ、さすがに無理ゲーすぎると思ったよ)


「すまんが、うちには模擬戦に使えるような部屋がなくてな。街の外の訓練場まで着いてきてくれ」


そう言って、受付カウンターの端からホールへ出てきたドランの後ろに続く。


幾人かの冒険者の視線を感じながら、ギルドを後にした。


「ここだ」

エラントを出て、外壁に沿って続いている小道をしばらく歩くと、訓練場とおぼしき広場にたどり着いた。

ざっと、小〜中学校の体育館程度の広さに見える。


中央付近の地面には、赤いロープが円形に張られていた。

複数のU時の金具を地面に突き刺し円形に留められているロープはさながらリングのようでもある。


訓練場の端には10体の木で出来た人形。

反対の端には弓の的と思われる、丸い木の的が10台並んでいる。

倒れないようにであろう、金属製の土台にどちらも固定されていた。


奥の方にはテントが張られ、いくつかのテーブルと椅子が置かれている。休憩用スペースだろうか。


ロープリングの手前で立ち止まり、ドランが腕組みしてこちらへ向き直る。

「始めるか」 


(説明くらいしてほしいんだけどなぁ‥)

「えーと、私、模擬戦とかやったことないんですけど、どんな感じでやれば‥?」

荷物袋を地面に下ろしながら聞いてみる。


「何でもいいから俺に攻撃してみろ。武器を使っても構わん」


(ええー‥)

いきなり初対面の相手に殴りかからなければならない日が来るとは思ってもいなかった。


「わ、わかりました」


「よし」

ドランはいつの間にかロープリングの中央付近で待機している。


(どうすりゃいいのよ)


脱いだ外套を荷物袋の上に乗せ、短剣もベルトから外して同じように置いた。


ロープリング内に足を踏み入れる。


「武器を使ってもいいんだぞ」

腕組みしたままドランが言う。


(いやいやダメだろ‥)

「ドランさんに攻撃が当たるとは思えませんけど、さすがに人に刃物を向けるのは抵抗が」

右耳の上を指でかきながら苦笑しつつ答えた。



複数のプレイヤーで挑むボスモンスター戦で、ドランが共闘NPCとして参戦するイベントがあり、試しにドランだけに任せてみると、ボスモンスターのHPを3割ほど削る活躍をしてくれた事を思い出した。


ドランがおそらくゲームと同じような強さを持っているであろう事は屈強な見た目と、自信のある雰囲気からも何となく想像はできる。

ゲーム内での模擬戦ならば、短剣を使ってもレベル差補正により回避されるか、仮に当たったとしてもノーダメージだろう。


この世界のドランも強力なモンスターとタイマンを張れるほどのステータスとHPがあるかもしれない。

とはいえ、ウルフを初期ステータスの短剣の一撃で仕留められたという、ゲームでは不可能な事が可能な世界である。

ドラン自身は素人の短剣などで怪我をしない自信があるということも分かるが、寸止めといった器用な真似も出来そうになく、もし当たりでもしたら、という躊躇いがあった。 


(この世界にレベル差補正が存在しないとすると、下手すれば雑魚モンスターにやられる可能性もあるってことだしな)


「わかった」

ドランが腕組みを解いて、少し膝を曲げた自然体の構えをとる。


(立ってるだけで迫力あるな)

こちらも拳闘士の職業の戦闘モーションを思い出しながら構える。


軽く指を曲げる程度に握った左拳を前に出し、右手は肘を少し曲げ、口の前あたりで手のひらを相手に向けるようにしてかざす。


少し内側に角度をつけた左足を前に、右足は外側へ同じく少し角度をつける。膝を少し曲げ、両足の開きはは肩幅程度、わずかに半身の構え。

体重は両足に乗るように意識した。

(こんな感じだったような)


構えたまま、少し力みを抜くような気持ちでその場で軽く飛んで、前後左右にステップしてみる。


体が軽い。

意外にも動きやすく感じた。


「ほう。まだ戦闘系の職業についていない、かけ出しとは思えんほど様になっているじゃないか」

ドランが少し関心したようにつぶやいた。


「そ、そうすかね?」

褒められて悪い気はしなかった。


「来い」

ドランの眼光がするどくなる。


軽く、礼をする。

「では‥」


右足を蹴り出すと同時に前手の左拳で突きを繰り出す。

狙いはドランの顔面だが、あえて届かない程度のところに打ち込む。


ドランは構えたまま動かない。


空振りした左拳を引き寄せながら、着地した左足でステップし、後ろに下がる。

まずは自分が戦えるのか確認するつもりで、体の使い方を試すような気持ちで動いたつもりだった。


(何か、普通に動ける)

ウルフと対峙した時と同じく、緊張感も恐怖感もない。

模擬戦だからと内心安心しているのだろうか。



ピクリとも動かなかったドランは当たらないと分かっていたのだろう。

「撃ってこい」


(では次は遠慮なく‥)

先ほどと同じく、しかし今度は思い切り右足を蹴り出した。

左拳がドランの右頬へ届く。

当たる瞬間にのみ拳を握る。


ドランは少し身構えたように見えたが、ガードしようともしない。


頬を捉え、硬い感触を感じた左拳を引きざま、体を僅かに落とす。

落とした体の反動をバネのように使い、体を上昇させる勢いに変換しつつ、その力を乗せるようにしてドランの鳩尾に掌底を叩きこんだ。


頬と同じく、骨を殴ったかのように硬い感触。

すぐさま離れようとした瞬間、ドランに右手を掴まれる。

(やばっ!)


ドランが右拳を振り上げるのが見えた、その瞬間。


無意識にも近い冷静な思考のまま、自然な動作で軽く跳躍し、左足を思い切り伸ばしてドランの腹部を足裏で撃ち抜く。

蹴り足の反動を利用し、勢いそのままに空中で体を右に捻り、掴まれた右腕を振り払いつつ、後方宙返りする形で着地。

全くバランスを崩す事もないまま着地した自分に驚きつつも、すぐさま構え直す。


振り下ろされる事のなかった右手を下げ、ドランは鋭い視線のまま、膝を曲げた自然体の構えを解く。

構えを解いた瞬間、ドランの気迫が薄れた気がした。


「合格だ」

ニヤリとするドラン。

全くダメージはないようだった。


(何かよくわからんまま勝手に体が動いた‥)

軽く礼をして、こちらも構えを解いた。

「‥ありがとうございました」

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