冒険者ギルド酒場
酒場は思ったよりも広かった。
正面にカウンター席。
テーブル席は10はあるだろうか。
中央付近に階段がある。どうやら2階にも席があるようだ。
昼はとうに過ぎ、夕方の手前といった時間帯だと思われるが、そこそこの冒険者で賑わっている。
先日見かけたエルフとドワーフの二人組もいるようだ。
とりあえず、正面カウンターへ向かい背の高いヒューマンの男性店員に声をかける。
「あの、食事をしたいのですが」
カウンター内でこちらに背を向け、酒棚のチェックをしていた店員が振り向く。
「ん?今日のメニューはそこにあるから好きなの選んでくれ」
店員はこちらを一瞬見たのち、カウンターの端にあるメニューボードの方を指差してまたすぐに背を向けてチェック作業に戻った。
店員はまだ若そうに見えた。
20代だろう。
白いシャツに黒いベスト、白いエプロンといった服装。伸ばした茶色の髪を後ろで一つにまとめている。
メニューボードに視線を移す。
「どれどれ」
本日のランチメニュー
・牛肉の煮込み。
・魚のフライ盛り合わせ。
・ポトフ。
・お任せ。
「あれ?値段が書いてないな」
独り言が聞こえたのだろう。店員が振り向いた。
「あんた、見かけない顔だと思ったけど新人さんだったか。ランチはどれも400ジールだ」
「そうなんですね。わかりました」
「シェフの料理はどれもうまいから期待していいぜ」
店員は歯を見せてニヤっと笑った。
(エールも飲みたいところだけど、400ジール丁度となると、我慢するか。晩飯と明日の朝飯も我慢だな)
「ではポトフを」
「オーケー」
店員はカウンターから出て奥の厨房へ入って行った。
荷物を下ろし、外套を背もたれにかけながらカウンターの椅子に腰掛けて一息つく。
「ふぅ」
「お疲れですね?」
背後から声をかけられた。
振り向くと少し痩せ気味でメガネをかけたヒューマンの女性店員が立っていた。
活発そうな笑顔で、茶色の髪をポニーテールにしてまとめている。
年齢は20代前半といったところだろう。
白いシャツの首元には青いリボン。
黒いスカートに白いエプロンといった服装。
男性店員と同じような感じの服装は制服なのだろう。
「ええ、冒険者登録試験を受けた後でして」
そこまで体が疲れていたわけではないが、そう答えておく。
「そうだったんですね。エドが新人さんって呼んでたのが聞こえちゃったから気になっちゃって声かけちゃいました」
愛想の良い笑顔で店員が話しかけてくる。
「エドさんというのは男性の店員さんのことですか?」
「そうです、わたしの弟でエドワードっていいます。あ、わたしはマリィです」
(姉弟だったのか。確かに似ている)
「私はクライムといいます。よろしくお願いします、マリィさん」
「こちらこそ」
マリィはニッコリと笑った。
その時ちょうど厨房からエドワードがトレイを持って出てくるのが見えた。
「さぼってんなよ姉ちゃん」
マリィに軽い口調で話しかけながら、トレイを置く。
(おお‥)
置かれたトレイの上には湯気の立つポトフ。
少し油の浮いた黄色いスープに、ごろごろとした野菜、肉厚のソーセージ、少し焼き色のついた厚切りのベーコンが入っており、香辛料の香りが食欲を誘う。
「おいしいですよ〜」
「うまいぜ〜」
2人同時にニヤリとした。
「ぷっ、はは」
少し吹き出しながら笑う。
「では、いただきます」
手を合わせたのち、トレイの上にあった大きめの木のスプーンを手に取り、スープを一口。
「うまっ」
思わず口に出た。
野菜と肉の旨味が溶け合い、香辛料でしっかりとまとめられた味だ。
2人の顔を見やると、先ほどと同じくニヤリ顔。
「でしょ〜」
「だろ〜」
ソーセージを齧りつつ、同時に野菜も口に運ぶ。
ソーセージにはわずかだか、柚子のような爽やかな風味があり、刻んだ木の実も入っているようだった。
ベーコンは、野菜の旨みを邪魔しないよう塩味が抑えられていながらも肉の旨みはしっかりと感じられた。
スープを吸った野菜は口に入れると、とろける柔らかさでありながら、形は崩れていない。
「本当うまいですね」
(赤いサンゴ亭の女将さんのパスタといい、この世界の飯はなんでこんな美味いんだ?)
「まあ、お父さ‥じゃなかった、シェフはモルガーナのレストランで料理長をしてたこともありますから腕はピカイチなんです」
得意げにマリィが言う。
エドワードも大きく頷いている。
(なるほど、親子で働いてるわけか)
「さーて、仕事仕事。さ、姉ちゃんも」
「そうね。じゃ、クライムさんごゆっくり」
2人とも連れ立って厨房の方へ入って行った。
(モルガーナか)
モルガーナ公国。
小さな国だが、かなり繁栄しており、ゲーム内では多くの冒険者が拠点として集う国の一つだった。
(ゲーム内でもエラントからは結構な距離があったから、実際はかなり遠いかもしれないな)
とはいえ、グルメ旅を目的の一つとして決めてしまった以上、行かないわけにはいかなくなった。
「ふーうまかった」
あっという間に平らげてしまった。
荷物から銅貨を取り出そうとしたところにマリィが厨房から出てくるのが見えたので、手を挙げて合図を送る。
「ごちそうさまでした。おいしかったです。400ジールでしたよね?」
「はい。あ、一応冒険者登録証を見せてもらってもいいですか?」
(冒険者以外だと割増料金になるんだったか)
「はい。ではこちらを」
先ほど受け取ったばかりの冒険者登録証を提示しつつ、400ジールを手渡す。
「はい、確認しました。ありがとうございました」
笑顔でお辞儀するマリィに会釈しつつ、荷物をまとめて酒場の出口へ足を向けた。