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09.限定の強気


応接室に近づくにつれ、プリシラの足は重くなっていった。


今までずっと引きこもり生活だったのだ。

誰かと対面しなければいけないなんて気が重すぎる。


今まで家族以外の貴族の男性と会って話した事なんて、昨日まで一度もなかった。

しかも今から会う予定のアンソニー侯爵子息は、プリシラやガウルより身分が高い。さらにアンソニーは今の自分をガウルだと思っている。

腕も捻ってしまったし、会った早々に怒鳴られる事だってある。


ガウルになってから、知らない人に怒鳴る事が出来たのは扉越しだったからだ。

しかも相手はガウルをよく知る者だし、危険がない事が保証された者達ばかりだった。


ガウルも確かに「家族以外の男性」だが、プリシラ自身の姿をしているから、怒鳴られても別に怖くなかった。

今回のケースとは違うのだ。


『応接室に近づいている』と思うだけで、震えてくる。




「応接室はあの部屋ですよ」とレナードが、ガウルに声をかけるように見せかけながらプリシラに声をかけた時。

プリシラの足がピタリと止まった。



応接室に入りたくない。

アンソニー侯爵子息なんかと会いたくない。

怖い。


そんな思いで、プリシラの目に涙が滲む。



「プリシラお嬢様……。無理をなさる事はないのですよ。今日はアンソニー様にお引き取りをお願いしましょう。

またお嬢様のお姿に戻られてから、旦那様と奥様を交えてアンソニー様とお話しされてもいいかもしれませんよ」


ハンナの優しい言葉に、プリシラがポロリと涙を落とす。


「そうしようかしら……。姿が戻ったら、発作が出たと主治医に診断してもらおうかしら……。病気療養で一生領地にこもっちゃおうかしら……」


「ハンナはいつでもお嬢様のお近くにいますよ」


「ハンナ……」





二人のやり取りを見ていたガウルが、プリシラに声をかける。


「おい。問題を先延ばしにしてもしょうがないだろう?ここで男を返しても、また会わなきゃいけないなら同じだろうが。それなら今、ここで片をつけた方がいいんじゃないのか?

全部レナードに任せとけばいいんだよ。話に片がつくまでここで待っとこうぜ」


そうプリシラに話し、今度はレナードの方を向く。


「レナード、先に部屋に入って話をつけろ。後で俺らが頷いとけばいいくらいに話を持っていっておけよ」


ガウルがレナードに『上手くやれよ』と視線を送ると、レナードも軽く頷いた。


国の境に位置するリスドォル領では、隣国との小さな諍いも絶えない。

こんな程度の話し合いなんて慣れたものだ。レナードは交渉に長けているし、すぐに上手く収めるだろう。




『プリシラ嬢の歩くペースがどんどん遅くなってるな』と思ったら、自分の顔が泣きそうになっていた。


「お前、俺の顔でなんて顔してるんだ」と言ってやろうかと思ったが、プリシラは本気でこれから会うアンソニーを怖がっているようだった。


『あれだけ散々俺に強気の姿勢を見せておきなら』と思わないでもないが、侍女は「この姿を見せるのは、私の前だけなのです!」と話していた。

どうやら侍女の話は本当だったらしい。


『あんな背が高いだけの(俺よりはかなり低い)男の、どこに怖がる要素があるのかは分からないが、姿が戻ってプリシラ嬢と別れたら、何かあっても助ける事も出来んだろうし』と思い、プリシラにはこのまま話をつける事を提案した。



どうせアンソニーは「プリシラ嬢を返せ」とか言いに来たに違いない。


身分が上というだけで、大人しくアンソニーの言う事を聞くつもりはない。


だいたい身分が上だからと言って、アンソニーがプリシラに相応しいとも思えなかった。


プリシラの本質は淑女ではない。

アンソニーなんかと一緒にいても、プリシラは自分を偽って窮屈な思いをするだけだ。


プリシラの事は、自分の方がよく分かっている。

――と言うより、他の者が本当のプリシラを知る事はないだろう。



プリシラとの面会を求めているというアンソニーに、ガウルは今更ながらにムカムカしてきた。

苛立ちが募って、ガウルの眉間に深いシワが入る。





「ちょっと!ガウル様、シワ!」


小さな声だが、怒りを含んだ声でガウルを呼ぶプリシラの声に、ガウルはハッと意識を目の前に戻す。


プリシラが自分の顔で、鋭い目を自分に向けていた。


「おいテメェ……。俺の顔にシワ入れてんじゃねえぞ!いいか。微笑だ。淑女は微笑なんだよ。そんな事も分からねえのか?!

お前なんてこの手で一捻りなんだって事、忘れんなよ。この手にかかれば、お前なんてイチコロなんだよ」


プリシラが鍛え上げた腕を見せつけながら、地獄を這うような声音でガウルに警告してきた。



「全部レナードに任せとけばいいんだよ。話に片がつくまでここで待っとこうぜ」

――その言葉に安心したようだ。

『助かった。もう大丈夫』というかのように、プリシラの顔が晴々としていた。




そんなプリシラにレナードが声をかける。


「すぐ戻りますよ。後でプリシラ嬢も入室してもらう事になると思いますが、堂々と座って頷いていただければ大丈夫ですから」


レナードは、嫌な役回りを快く引き受けてくれた。

とても良い人なのだろう。


プリシラの良心が痛む。


「あの。レナード様、大丈夫ですか?アンソニー様はかなり大きな方なんですの。レナード様はお強いのですか?」


「アンソニー様にはお会いした事は無いですが、まあ負ける事はないでしょう」


「まあ!お強いのですね!」と顔を明るくしたプリシラに、ガウルの眉がピクリと動いたのを見て、レナードが言葉を返した。


「ガウルには敵いませんけどね」


「まあ!私の方が強いのね!ふふ。私は敵なしね。レナード様、いつでも呼んでください。加勢しますわ。

……オウ、あの野郎。首洗って待っとけよ」


「………」


レナードが、ガウルをフォローしたつもりでかけた言葉は、プリシラに通じなかった。

ガウルも黙り込んでいる。もう何も言う事はないだろう。



「では行ってきますね」と声をかけて、レナードは応接室の扉を開けた。





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