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08.三日目の朝


「ガウル様……ちゃんと眠りなさいよ。どれだけ繊細なの?『横に人がいたら眠れないタイプ』なんて顔してないでしょう?」


朝食の席でガウルの目の下のクマを見て、プリシラは呆れたように注意する。


侍女のハンナが上手く化粧で隠してくれてるとはいえ、プリシラがいつも鏡の中で見ている顔より明らかに疲れている。

マジ止めてほしい。




「いやいや。プリシラ嬢と一緒に横になって、熟睡出来る訳がないでしょう」


気の毒そうにガウルを見るレナードに、「心外だ」とばかりにプリシラは反論する。


「ハンナも一緒よ。三人で寝てるのよ。両側からガウル様を見張りながら寝てるの。さすがに二人で寝るのは体裁が悪いでしょう?

私なんて秒で眠れたわよ。ガウル様は乙女の神経すぎるわ」


はあと呆れたようにプリシラがため息をつく。



「………」

ガウルは何も言わず、ただ紅茶を啜っていた。


『可哀想だ』

何も言わないガウルに、レナードはガウルを憐れんだ。






「そんな事より、今朝サッコロッソ伯爵から手紙が届いてるぞ。このままここに滞在するにしても、書面による婚約をちゃんと結んでほしいという内容だ。

そりゃそうだろう……。お前どうすんだよ」


深々とため息をついてこめかみを押さえるガウルに、ほほとプリシラが笑う。


「舞踏会の間だけの魔法だし、今夜はもう三日目の夜だから、早ければ今夜にでも魔法が解けるでしょう?

もうしばらく粘ればいいのよ。下手に書面なんかにサインすると、慰謝料をぼったくられるわよ。

遅くても明日の朝には魔法は解けるでしょうから、その時「お前には飽きたんだよ。さっさとここを出ていけ!」って私を追い出せばいいんじゃないかしら?」


「そんな事言えるか!お前はなんで笑ってられるんだよ……」


絶望という文字が書かれたようなガウルに、「しょうがないわね」とプリシラがため息をつく。





プリシラは食事中だが席を立って、ガウルの側に移動してからひざまずいた。


「プリシラ・サッコロッソ伯爵令嬢。この俺、ガウル・リスドォルと結婚してもらえないか?」


席を立つ前に手に取った、テーブルの上に飾ってあった花を差し出して、プリシラはガウルに求婚の言葉を贈る。


「お前……なんの真似だ」


「はい」と手に花を押し付けられて、思わず花を受け取ってしまいながら、ガウルは動揺した。

真剣な目でじっと自分を見つめる、自分の姿をしたプリシラが、何を考えているかが分からない。



「プリシラ嬢、あなたは俺の人生を照らす太陽だ。これはあなたのために用意した特別な指輪なんだ。受け取ってもらえないだろうか」


そう話すとプリシラは、同じく席を立つ時に手に取っていた、テーブルにあったデザートスプーンを力任せにぐるんとねじ曲げて、ガウルの手首にそっとはめた。


「これ腕輪じゃねえか……」



情けない声を出したガウルに、ふふふとプリシラが楽しそうに笑う。


どうやらプリシラは、「私はスプーンだって曲げられるんだから」と自慢をしたかっただけらしい。


『なんの解決にもならなかった』と、ガウルは腕にはめられたスプーンを見ながら、絶望しか感じられなかった。






午後、部屋の中には、二人の男がカリカリカリとペンを走らせる音だけが響いていた。


そこにコンコンコンと扉がノックされる。


本を読んでいたプリシラは、スッと素早く立ち上がって扉の前に移動する。

そして低い声で凄んで見せた。


「なんだ?部屋には誰も来るなと言ってるだろう?テメェ死にたいのか?

俺は今溺愛中なんだよ。邪魔者はレナードだけで十分だ。用があるなら、明日以降にしてくれ」


「も、申し訳ございません。あの、ガウル様とプリシラ様に会わせるようにと、アンソニー・ドルチェ様の来訪がありまして……」


「アンソニー・ドルチェ様?」




アンソニー・ドルチェといえば、初日に参加した舞踏会でしつこく言い寄ってきていた男だ。

なんの用なのか心当たりはないが、相手は侯爵家の者だ。会っておいた方がいいだろう。


プリシラがガウルに視線を送ると、ガウルが渋い顔をしながらも頷いた。


ガウルの頷きを見て、「分かった。用意ができ次第向かうから、応接室に案内しておいてくれ」と、プリシラは返事を返した。





「なんの話かしら……。一昨日腕を捻り上げたのが良くなかったかしら。

ガウル様には会わせられないから、私だけで行こうかしら?「プリシラ嬢には誰にも会わせねえ!」とか言っちゃおうかしら?

でも殿方と二人で会うのはちょっと怖いわね……。

この前は私の貞操の危機で必死だったから、思わず腕を捻っちゃったけど、今日は勝てないかも……。

アンソニー様って背がすごく高かったわよね。今の私より大きいのかしら?腕を捻り返されたらどうしようかしら」


プリシラが不安な顔でぶつぶつと呟くと、レナードが言葉をかけた。


「では私が付き添いましょう。フォローしますよ。ガウルも同席した方がいいと思います。顔を扇子で隠して、黙って座っていてもらえば大丈夫でしょう。

それに今のプリシラ嬢は、ガウルの姿をしているのですから。堂々と座っていれば、ガウルの姿の者に手出しが出来る者などいませんよ」


レナードの頼もしい申し出に、プリシラは少し落ち着いた。


「そ、そうよね。大丈夫よね……?殴りつけられる前に、この腕で殴りつけてやればイチコロよね?」


「止めろ。対応はレナードに任せて、お前も黙って座っておけ」


自分の姿をしているプリシラも、誰にも見せられるものじゃない。

ガウルはしっかりとプリシラに釘を刺した。



ゾロゾロと四人で応接室に向かいながらも、プリシラの心は重かった。

ハンナや、弱そうな自分の姿のガウルには強気でいられるが、他の殿方はやっぱり怖い。


歩きながらため息ばかりがプリシラの口から漏れていた。



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