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04.侍女ハンナ


「お嬢様……?プリシラお嬢様ですか……?」


「そうよ私よ、ハンナ。こんな姿になっても、ハンナは私に気がついてくれるのね!」


「どんなお姿になっても、お嬢様は私のお嬢様ですから……!」


侍女のハンナがブワッと涙をためる。


「ハンナ……」


涙混じりに侍女の名を呼ぶ私の声はとても野太かった。

「鈴を転がすような声」と評された私の声ではない。




―――侍女ハンナは、私の事を「どんなお姿になっても」と言ってくれている。


そう。私は今、男の姿に変わっている。

しかもただの男ではない。

筋骨たくましい、鬱陶しいまでの男臭い男の姿だ。


私はリスドォル騎士団の団長を務める、ガウル・リスドォルの姿になり代わっていた。


「ハンナァ〜〜」と泣き出した私に、声をかける者がいる。



「お前……!俺の姿で泣くのは止めろ!」


鈴を転がすような声で私を怒鳴るのは、私だ。


――いや、違う。

私の姿のガウルだ。


怖がりだと言われる私だが、そんな弱っちい姿で怒鳴られても怖くなんてない。


「何よ!私の姿でそんな言葉使いしないでよ!そんな事言うなら、使用人の前で泣いてやるから!」


プリシラは、野太いガウルの声で怒鳴り返してやる。


自分の声で怒鳴られて、ぐっと唇を噛むプリシラの姿をしたガウルに、プリシラは不適な笑みを浮かべてやった。

「ほほほ、悔しかったら私より強くなってごらんなさい」


ぐっとたくましい腕をガウルに見せつけるプリシラを見て、ハンナが涙を流す。

「ああ……やっぱりプリシラお嬢様ですのね……」







庭園からまた舞踏会場に戻ったプリシラ達は、会場内でプリシラの両親を探して、ガウルの姿でプリシラと婚約を結ぶ事を宣言した。


「プリシラ嬢とはお互いに、一目で運命を感じました」と、ガウルの姿でプリシラは告げたのだ。


突然の話に驚くどころではない様子を見せた両親だったが、親のことはプリシラが一番よく分かっている。


ちょっと父がコレクションしている絵画を「今度送らせていただきますよ」とか、母が密かに自慢にしている刺繍の腕を「サッコロッソ伯爵夫人の刺繍の腕は王都一だと、辺境まで噂になっているのですよ」と持ち上げたら、両親なんてコロリだ。


「プリシラ嬢とはお互いに運命を感じ合ったのです。ぜひこのまま共に過ごさせてください。必ずプリシラ嬢を幸せにします」とか真面目な顔をして告げておけば、こちらのものだ。


あとは私の姿をしたガウルに、恥ずかしそうに見える角度で俯きがちに頷かせおけばいい。



そうしてプリシラは、サッコロッソ家の馬車の中でプリシラを待っていた侍女のハンナに、「私よ」と声をかけた。


屈強なガウルの姿に、会った瞬間は怯えを見せたハンナだったが、「ハンナ、ガウル様の馬車の中で事情を話すから。とりあえず行くわよ」と当然のようにハンナに声をかけると、親しげな口調のプリシラを不審げな顔を見せながらも、すぐに平静を取り戻していた。

さすが自分の侍女だけある。



侍女のハンナは、幼少期からプリシラに仕えてきた者だ。

ハンナがいなければ、プリシラは毎日を快適に過ごす事も出来なくなってしまう。ハンナを置いて行くなんて選択肢はない。

彼女は大切な、プリシラの優秀な侍女なのだ。



ハンナを連れてガウルの馬車の中に乗り込むと、プリシラはハンナに今の状況を説明した。

とうてい信じられるような話ではないはずだが、いつもの口調で話すプリシラにに、ハンナはガウルの姿の中にプリシラを見てくれた。


「こんな姿でも私に気づいてくれるなんて、さすがハンナね」とプリシラは涙を拭いて微笑んだ。


いかついガウルの微笑みは、淑女の微笑みとは程遠いものだったが、ハンナはプリシラを見て微笑みを返した。

ハンナは、プリシラの事はどんな事でも分かってしまうのだ。


 



リスドォル家のタウンハウスに着くまでの馬車の中で、プリシラとガウルとハンナの三人は、これからの生活の打ち合わせをしているところだ。


プリシラが場を仕切り、サクサクと設定を決めて行く。

時折り口を挟もうとするガウルの意見は全て却下した。


こういう時は声が大きい者が勝つのだ。

反対の立場でそんな態度を取られたら、腹立たしい思いしかないだろうが、せっかくいかつい体になれたのだ。活用するしかないだろう。



「……という訳で、私の姿をしたガウル様は、この三日間は誰の目にも入らないように、ガウル様の部屋に閉じ込めておこうと思うの。

私ももちろんガウル様として、同じ部屋で過ごすわ。そして私だけがガウル様の家の使用人と接すればいいと思うの。

部屋に入ろうとする者には、「プリシラ嬢を誰の目にも触れさせはしねえぞ!下がれ!」って言って追い返してやるわ。

溺愛という名の監禁という事にすれば自然よね」


「俺はそんな人間じゃ―」

「それでね、ハンナ。ガウル様が私の体に不埒な事をしないように、厳重な見張りを頼むわよ。お風呂の時と着替えの時は、目隠しをしてね。『見ない事、触れない事』は鉄則よ」


「かしこまりました。リスドォル騎士団長様といえど、今はプリシラ様のお姿ですから。私も今のプリシラ様なら簡単に押さえられます」


胸を張って答えるハンナに、プリシラは頷く。

ハンナは頼りになる侍女なのだ。これで私の体の安全は保証されただろう。



「ハンナも理解してくれた事だし、ガウル様もご理解いただけたましたよね?とりあえずはこれでいきましょう?」


「お前、俺の意見は聞こうともしねえんだな……」


「私はもうすでにガウル様になり切ってますから!使用人達からも不自然に見られないよう、私は精一杯ガウル様を務めさせていただきます。ご安心してくださいね」


にっこりと笑うガウルの顔のプリシラに、ガウルが力無く呟く。


「お前は俺の何を知ってるっていうんだよ……」






「はあ?!俺がお前の事、何も知らないとでも思ってんのかよ!ふざけんなよ!」


プリシラはいきなり逆上して怒鳴りつけてみせる。


そしてふふと楽しそうにハンナに笑いかけた。


「ねえ、ハンナ。私今、横暴な殿方に見えたかしら?」

「ええとても」


微笑みを返すハンナに、プリシラはガウルにも笑顔を送った。


「任せておいてくださいね、ガウル様」


「………」




ガウルはもう黙った。

目の前で、自分の姿のプリシラが楽しそうに浮かれていた。

「止めろ!」と怒鳴ってやりたいが、そんなことをすればますますコイツを喜ばせるだけだろう。


『とんだ妖精姫だな……』とガウルは心の中でウンザリするしかなかった。


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