03.魔女の魔法
「確認させていただきますが、あなたはガウル・リスドォル辺境伯ご子息様でお間違いはないですか?」
二人で庭園に出て、周りに誰もいない事を確認すると、プリシラはプリシラの姿をしたガウルに尋ねた。
「あ、ああ。確かに俺はガウル・リスドォルだ。あんたはプリシラ・サッコロッソ令嬢か?
……俺に何をしたんだ?」
プリシラはムッとする。
「お前の方こそ私に何してくれたんだ」と、こっちが聞きたいくらいだった。
ガウルと目が合った瞬間にめまいがした。
『普段家に引きこもってばかりいて、こんなに長時間立っている事がなかったからかしら』と思いながら体が傾きかけたが、足に勝手に力が入って踏ん張れた。
だけど踏ん張るために少し踏み出した靴先が見えて、それがプリシラが履いているはずの靴ではない事に気がついて血の気が引いた。
どう見ても紳士物の靴だった。
とても上等な革靴のようだが、そこは問題ではない。
デカいのだ。
プリシラの足の二倍以上の幅がある。こんな足は自分の足ではない。
『何?』と自分の手を見ると、見えた手がゴツゴツとしていた。――日に焼けた浅黒い手だった。
そこで卒倒しなかった自分を褒めてあげたいくらいだった。
「大丈夫ですか?」と、少し離れた場所で聞こえる声にプリシラは我に返る。
聞こえた声は、さっきまでプリシラの近くで聞こえていた声だった。
『この声はアンソニー・ドルチェ侯爵ご子息様だ』と、声のする方を見ると、近くで自分がアンソニーに支えられていた。
続く言葉の、「大丈夫ですか?顔色が良くないようです。あちらの控え室でしばらく休みましょう」と自分の姿をした者にアンソニーが声をかけるのを聞いて、プリシラは動いた。
おそらく――。
おそらくではあるが、これは魔女の魔法だ。
こんな願いをしたつもりはないが、おそらく自分とガウルが入れ替わっている。
こんな日に焼けてゴツゴツした手をしている貴族なんて、王都の貴族にはいない。
今の自分の姿を確認したわけではないが、『これはガウル様だ』と確信した。
とにかく自分をアンソニーから助けなくてはいけない。
今、プリシラの姿をした者が自分ではなくても、あれは自分の体なのだ。『貞操を守らなくては!』と必死だった。
『ここは舞踏会よ』と頭を回転させて、ガウルが話す言葉をイメージして、男の言葉で声をかけたのだ。
ついでにこのゴツイ手で、アンソニーの手を捻り上げてやった。
さすが辺境の騎士団団長と聞くだけあって、軽く力を入れただけで、プリシラより背の高い男の手を簡単に捻り上げてくれた。
そして冒頭のガウルの質問に戻る。
心当たりがないではないが、プリシラが犯人と決めるようなガウルの言いように、ブスッとしてプリシラが答える。
「私は何もしていません。ガウル様が何かしたんじゃないですか?」
「いや、俺は何も―」
「――と言いたいところですが、心当りはあります。もしかして、ですが。ガウル様は魔女のお店に行かれませんでした?」
プリシラの姿をしたガウルが目を見開く。
「何故それを?――まさかあんたも魔女の店に行ったのか?」
「まあ、そういう事です。魔女が話していたんですよ。「求婚されたくないなら、求婚したくない者と出会えばいいじゃないか。数日前に同じような事を頼みに来た男がいたから、そいつと引き合わせてやろう」って。
……まさかこんな訳の分からない引き合わせ方をされるとは思いませんでしたが」
「求婚したくない者……。確かに俺は「女に求婚なんてしたくないから、なんとかしてくれ」と魔女に頼んだ。「楽しみに待っておけ」と言われたが、今日までなんの連絡がないから、騙されたんだと思っていたが……。
なんでこんな格好に入れ違っちまってるんだ?!」
プリシラはガウルの言葉にため息をついた。
プリシラだって聞きたいくらいだ。
「魔女は魔法をかけてくれるって話してましたけど、効果は舞踏会が開かれる間の三日間らしいですよ」
「はあ?!三日もこんなおかしな格好してろって言うのか?」
「……ちょっと。私の格好のどこがおかしいのよ。あなたのこのごっつい体の方がおかしいわよ」
「ごっつい体って……」
「なによ」
「「……………」」
二人は黙り込んだ。
こんなところで意味のな罵り合いをしていてもしょうがないと気がついたからだ。
もっと話し合わなければいけない事がある。
ガウルが先に口を開いた。
「色々言いたい事も聞きたい事もあるが、これからどうすんだ?この格好で俺のタウンハウスに帰れって言うのか?お前もその格好で家に帰れるのかよ?」
「はあ?!」
『何言ってんのコイツ』という冷たい目でプリシラはガウルを見てやる。
「こんな格好で家に帰れる訳がないでしょう?だいたい私の大事な体を、そんな知らない場所に連れて行かせはしないわよ。私の体に何する気よ!」
「何の話してんだよ……。俺は―」
「とにかく!別行動はなしよ。私がガウル様のタウンハウスへ行くわ。もちろん私の姿のガウル様を連れて。
魔法が切れるまでの三日ほど婚約しておきましょう?今から私の両親に婚約の挨拶をしに行くわよ」
ガウルの言葉を遮ってプリシラが主張する。
いつまでもこんな場所でうだうだしていられない。
こんな場所で話をしていたら、誰に聞かれるかわかったもんではない。
「おい、婚約って。そんな事簡単に決めるもんじゃないだろう?だいたい俺は結婚する気なんてないんだ」
「分かってるわよ。だから魔女の店に行ったんでしょう?誰とも結婚したくないのは私も一緒なの!
三日後にあなたが私を捨てればいいのよ。「やっぱりお前なんかとの結婚は考えられない。婚約は破棄だ」って」
「いや、それもどうかと思うが……」
「うるさいわね。他にどうしろって言うのよ」
「……………お前。本当にプリシラ嬢なのか?プリシラ・サッコロッソ伯爵令嬢は、淑女の中の淑女だって噂だが」
「は?なんで私に対して、私が淑女ぶらないといけないのよ。淑女するのも大変なのよ。
……何よ。そんな弱そうな顔で睨んだって負けないんだから。やろうってんなら相手になるわよ。このごっつい体を見てみなさいよ。私は今、無敵なのよ」
『これるもんなら来てみなさいよ』と言うかのように挑発してくるプリシラを、ガウルはじっと見つめた。
『この弱そうな奴め』と勝ち誇ったかのように笑ってくる相手は、自分の姿だった。
『俺は……何を相手にしてるんだ……』とガウルは力が抜けていくような気持ちでいた。