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02.ガウルの事情


『なるほどあれが噂に聞く妖精姫か』


会場中の貴族の男達の意識をさらっている一人の令嬢を見て、辺境伯子息のガウル・リスドォルは手に持つグラスに口をつけた。



確かに噂通りに彼女は美しい。


妖精姫―――プリシラ・サッコロッソ伯爵令嬢は、『柔らかく輝く銀髪に、宝石のように煌めく紫の瞳を待った、妖精のように儚い美しさを持った女性』だと、国の外れに位置するガウルの領地にまで噂は届いている。


外見だけではなく心優しい彼女は、淑女の中の淑女だとも聞く。

世界中の言葉を話せるマルチリンガルで、頭脳明晰な女性でもあるらしい。


体が弱く、誰もその姿を見た事がないとの噂だったが、今年の舞踏会は参加したようだ。

品良く微笑む彼女に、高位貴族の男達が群がるのも当然だと思われた。


『まあ俺には無縁の者だが』と、ガウルはグラスをテーブルに置き、会場を出て庭園でもぶらついてくるかとため息をついた。

こういう社交の場は苦手なのだ。





年に一度開かれる王城での舞踏会は、貴族の男女の出会いの場でもある。

今年もまた両親に「今年こそは適当な相手を見つけて、求婚してこい」と、領地からこの舞踏会に追いやられるように送り込まれたが、ガウルは全く結婚する気にはなれなかった。


女の事より、今は辺境領で率いる騎士団での仕事に集中したかった。

年々うるさくなってくる両親を黙らせるために、偽の婚約者を募集したいくらいだ。


そんな事を引き受けてくれる令嬢などいるはずがないが、今日の舞踏会があまりに憂鬱過ぎて、この王都に着いた日に思わず魔女の店に魔女頼りに行ってしまった。


結局はぼったくられて終わっただけだったが、それくらい今日の舞踏会は面倒だった。


辺境の地に住む自分に、この華やかすぎる舞踏会は不釣り合いだし、都会の女みたいな華奢な貴族の男でもない自分に、誰が話しかけたいと思うのか。

場違い感が半端なくて、どこか会場の隅で時間を潰そうにも居場所がない。


『これはもう寒くても外に出るしかないな』と考えたところだった。



外に足を向けようと視線を移した時、妖精姫と目が合った。


瞬間―――めまいがした。


グラッと体が傾き、『いかん』と足を踏ん張ろうとしたが、力が入らなかった。







「大丈夫ですか?」


誰かの腕に受けとめられたようだ。

自分に言葉をかける男の声がする。


転倒は免れたが、『俺の体を受けとめられるような貴族の男もいるのか』と場違いにも感心してしまった。


しかもどれだけ背の高い男なのだ。

大柄の者が多い騎士団イチ背の高い自分が、受けとめる男の胸元ほどにしか背がない。

しかもガッチリ掴まれて動けない。


リスドォル騎士団の団長を務める自分を軽々と受け止め、自分の背をはるかに上回る男。

そんな奴の顔を拝んでやりたいと思うが、しっかりホールドされて動けなかった。




「………」


いつまでも助けに出された手が離れない。

助けてもらって文句を言うのもなんだが、コイツはいつまで俺の腰に手を回しているのだ。


『気色悪い野郎だ』と必死に顔を上げると、背が高く線の細い貴族の男が自分を支えていた。


『何者だコイツ』と男を見つめると、男がガウルに微笑んだ。


「大丈夫ですか?顔色が良くないようです。あちらの控え室でしばらく休みましょう。私も付き添いますよ」


囁くように声をかけられて、ガウルの全身に鳥肌が立つ。

ガウルにそんな趣味はない。



「離せ!この気色悪い野郎め!」と一発殴ってやろうとした時、かけられた声にガウルは固まった。


「アンソニー・ドルチェ侯爵子息殿。いい加減プリシラ嬢を放してやったらどうですか?嫌がっているでしょう?」


どうやら自分の腰を抱える男はアンソニー・ドルチェ侯爵子息らしい。


いやそれより。

かけられた声に聞き覚えがあった。


聞き覚えがあるどころではない。

――()()()声だ。



信じられない思いで声をかけられた方に振り向くと同時に、自分の腰を抱えるアンソニーの手から解放された。



アンソニーの手から解放されたのは、声をかけた者がアンソニーの手を捻り上げたからだ。


そして捻り上げているのは自分―――ガウルの姿をした者だった。

しかもガウル本人である自分より、遥かに背が高いガウルだ。




目を見開くガウルに、背の高いガウルが身を屈めてガウルに耳打ちする。


「あなたはガウル・リスドォル辺境伯子息様ではないですか?私はプリシラ・サッコロッソという者です。

今あなたは私の姿をしています。ここではなんですから、何も言わず私について来てください」



信じられない話に、ガウルが「はあ?」と声を出しかけると、背の高いガウルにギリッと睨まれた。

鋭い目が「今は何も話すな」と語っている。


確かにここで話す話ではないだろう。

「は」と自分から少し漏れ出た声が、鈴を転がすような声だった。

――そんな可愛い声がガウルの声のはずがない。



『何が起きているのだ?!』と混乱しながらも、とりあえず話が先だと、プリシラを名乗るガウルに頷いた。




「アンソニー・ドルチェ侯爵子息殿、申し訳ありませんがプリシラ・サッコロッソ伯爵令嬢を少しお借りしますね」


にっこりとアンソニーに笑いかけて、プリシラを名乗るガウルに、プリシラの姿をしたガウルは手を引かれていく。


――『俺はそんな風に胡散臭い笑いで、女の手を引きながら笑ったりしないぞ』と思いながら。




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