11.魔法が解けた後のエンディング
ガウル・リスドォル辺境伯子息は、屈強な男だ。
リスドォル領の騎士団の団長を務める彼は、目つきがとても鋭く、誰も寄せ付けないような威圧感を放つ者である。
国中の貴族が集まる舞踏会でも、貴族達はガウルの風貌に恐れをなし、話しかけようとする者などいなかった。
プリシラだって魔女に魔法にかけられる事がなかったら、ガウルと目を合わせようともしなかっただろう。
彼は国境で起こる数々のいさかいさえも鎮める、最強の騎士団長なのだ。
だけど彼はとても可愛い人だ。
かけられた悪い魔法を、愛の口づけで解いてしまうような人だった。
「愛する人との口づけ……」
呟きにしては少し大きな声でプリシラが呟くと、ガウルの顔がカッと赤くなる。
「本当にすまない。お前があんな男に興味を示すから……。あああ……!!」
言い訳しようと出した言葉が嫉妬以外の何ものでもない事に気づいて、ガウルが頭を抱えている。
プリシラは楽しそうにそんなガウルを眺めていた。
今までのガウルに強気でいられたのは、自分の姿をしていたからだ。中身がガウルだと分かっていても、見た目がとても弱そうなので平気だった。
だけどガウルが元の姿に戻ってしまったら、きっと関係は変わってしまうだろうと思っていた。
怖い見た目の彼に、面白がって強気で揶揄う事など出来なくなるだろうと思っていたからだ。
元の姿に戻ったら、怒らせないうちにとっとと退散しようと思っていたくらいだった。
だけど怖い彼の姿に戻っても、ガウルはなかなか揶揄いのある可愛い男だという事が分かった。
そんなガウルについ絡んでしまう。
プリシラはふうとため息をついてみせる。
「口づけで魔法が解けるというのは、乙女の夢ですからね……」
「違う!そんな事は夢見ていない!母上だ!「愛する者同士の口づけで魔法が解ける」というのは、イボワールの小説の流れの定番なんだろう?新作が出るたびに、母上がいちいち小説を語ってくるんだよ!」
ガウルがプリシラにキスをしたのは、アンソニーに嫉妬したからのようだが、「口づけで魔法が解ける」という言葉は、ガウルの母から影響を受けた言葉のようだ。
確かに「愛する者同士の口づけで魔法が解ける」という流れは、イボワールの十八番だ。
もしかしたらプリシラ達が会った魔女は、イボワールの小説が流行るベルコラーデ国出身なのかもしれない。
「そうでしたか。素敵なお母様ですね。もしかしたら、私達の会った魔女も、イボワールファンなのかもしれないですね。
魔法の腕も確かです。私の願いも叶えてくれましたから」
ふふとプリシラが笑う。
プリシラの言葉を聞いて、ガウルが顔を強張らせる。
「プリシラ嬢の願いは、結婚をしない事だったよな。その……。俺との婚約を真剣に考えてもらえないだろうか。
俺が魔女に「女に求婚なんてしたくないから、なんとかして欲しい」と頼んだが、あれは愛してもない女に求婚したくなかっただけだ。誰にも求婚したくなかった訳ではない」
「まあ!ではガウル様は私を愛しているのですね?」
プリシラの言葉に、うっと言葉を詰まらせながらも、ガウルが「そうだ……」と絞り出すような声で答えてくれる。
ますます顔を赤くするガウルは、とても揶揄い甲斐があってやっぱり可愛い人だとプリシラは思う。
こんな人は他にいないだろう。
だったらプリシラが伝える言葉は決まっている。
「ガウル様。私は魔女に願ったとおり、殿方からの求婚は遠慮させていただこうと思っています」
ガウルが話した「プリシラの願い」は、正確ではない。
プリシラの魔女への願いは『殿方から求婚されない事』だ。
顔色をサッと失くしたガウルに、プリシラは話を続けた。
「ですので、殿方だった私の、令嬢だったガウル様への求婚を正式なプロポーズとさせていただきますね。
私は今朝、プロポーズと共に世界に一つしかない指輪を贈りましたでしょう?」
ほほほとプリシラが笑う。
「あれは指輪じゃないだろう……」
脱力したようにガウルが呟いた。
「あら?でも大切にしてくださっているのでしょう?ポケットに入っていますわよ」
プリシラはドレスのポケットから、今朝グルンと捻じ曲げたスプーンを取り出した。
とっくに捨ててしまっているだろうと思っていたけど、こんな物を取って置くなんて、本当にガウルは可愛い人だ。
あのプロポーズは、自分の力を見せつけたかっただけで、あの時は深い意味があってのプロポーズではなかったが、今ではとても意味のあるものになっている。
だったらプリシラへのプロポーズは、あれでいいだろう。
「ガウル様は求婚を受けたご令嬢で、求婚をする殿方ではないですから。「求婚したくない」と魔女へ願った言葉も嘘にはなりませんよね。
………あら。ガウル様、何かご不満でも?なんでも言ってごらんなさい」
ガウルが呆れたようにプリシラを見ていると、「なによ。不満があるなら相手してやるわよ」というように挑発してきた。
プリシラはガウルの姿ではなくなっても、変わらずプリシラのままのようだ。
妖精姫と呼ばれるプリシラ・サッコロッソ伯爵令嬢は、柔らかく輝く銀髪に、宝石のように煌めく紫の瞳を待った、妖精のように儚い美しさを持った女性だ。
淑女の中の淑女と呼ばれるプリシラは、侍女ハンナとガウルの前でだけ、淑女を休んで強気な姿勢を見せてくる人である。
きっとこれからもプリシラは自分を楽しそうに揶揄ってくるのだろう。
そんな未来はぜひ手に入れたい。
「プリシラ嬢、プロポーズありがとうございます。喜んであなたのプロポーズを受け入れます」
神妙な顔で求婚の返事を返すガウルに、プリシラは楽しそうに頷いた。