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10.魔法が解ける時


レナードはなかなか優秀な部下のようだ。


プリシラとガウルは、しばらく部屋の外で待っただけで部屋に呼ばれて、二人並んでソファーに座っているだけでよかった。




「言いつかった通り、ガウル様のお気持ちはアンソニー様にお伝えしました。ガウル様は近日中にプリシラ嬢と正式に婚約を結ばれるつもりなのです。そうですよね、ガウル様」


レナードに同意を求められて、ガウルの姿のプリシラは無言で頷く。


「プリシラ嬢も同じお気持ちで過ごされています。プリシラ嬢も後でご両親に婚約を知らせるお手紙を書かれるご予定なんですよね?」


レナードは、今度はプリシラに同意を求めて、プリシラの姿のガウルは控えめに頷いた。


今のガウルの演技は光っていた。

淑女に見えなくもない。


プリシラは淑女ガウルを見て、満足そうに頷く。




そんなプリシラとガウルを見て、アンソニーは残念そうに二人に言葉をかけた。


「そうですか……。昨日出会ったばかりだというのに、そんなに想い合っているのですね。

もしプリシラ嬢が強引にガウル様に引き留められているなら……と、プリシラ嬢を迎えに来たのですが、その必要はなかったようですね」


静かに息を吐いて、視線を落として少し考える様子を見せたアンソニーが、顔を上げてプリシラの姿のガウルを見た。



「私は昨日、一目見た時からプリシラ嬢に惹かれています。

ベルコラーデ国にイボワールという作家がいるのですが……プリシラ嬢にお会いした時、イボワールの代表作の『月の妖精』の中の女性と重なりました。

プリシラ嬢は、私の理想の淑女像そのものなのです」





イボワールの『月の妖精』!!


それはプリシラがイボワールの作品に魅入られるキッカケになった作品だ。


月の妖精、リリアーヌ。

儚い美しさを持つ、数奇な運命を持った妖精。


リリアーヌはプリシラの理想だ。

エセ淑女なんかには遠い、清らかな存在なのだ。憧れずにいられない。


そんなリリアーヌをプリシラに重ねたというのか。


ただ背の高い執拗な男だとアンソニーを見ていたが、意外にもアンソニーは良い奴だった。


『アンソニー様とは、イボワール仲間くらいにはなれるかも』


プリシラの瞳がキラリと輝く。





プリシラが、「私もイボワールを読んでいます」と言葉にしようとした時、レナードがにこやかにアンソニーに話しかけた。


「アンソニー様は、イボワールの作品がお好きなんですね。実はリスドォル辺境伯夫人も、かなりのイボワールファンなんですよ。

多くのイボワール作品に関する絵画やグッズを集めていらっしゃいます。

夫人とアンソニー様は話が合いそうですね。リスドォル領に来られた際は、ぜひリスドォル家にお立ち寄りください」



レナードの話に、プリシラは目を見開く。


リスドォル辺境伯夫人は、イボワールのファンというだけでなく、絵画やグッズも集めているなんて!

それはぜひ拝見したい。夫人にもお会いして、熱くイボワールを語りたい。


アンソニーもレナードの言葉に興味を引かれたようだ。

「それはぜひリスドォル領にいって夫人にお会いしたいですね」と言葉を返している。




私もリスドォル領に遊びに行きたい。

私もガウルの母とイボワール話題で盛り上がりたい。

私も一緒に連れて行ってほしい。


アンソニーの言葉に同意しかない。

姿が戻ったら、「イボワールを語る会」を作りませんか?と誘いたいくらいだった。





じっとプリシラがアンソニーを見つめていると、プリシラの姿をしたガウルが、鈴を転がすような声でアンソニーに話しかけた。


「『月の妖精』は素敵なお話ですよね。私もイボワールの作品は読んでますのよ」


『え?』とプリシラはガウルを見る。

まさかガウルが、プリシラの姿でアンソニーと会話を続けるとは思わなかった。


ガウルはプリシラの姿で「私もリスドォル領までご一緒させてください」と、アンソニーに話しかけるつもりなのか。

彼は私の心の声を聞いたのか。


プリシラは驚いてガウルの顔を見る。

彼はなかなか綺麗な微笑みを見せていた。



微笑みを浮かべたガウルが言葉を続けた。


「『月の妖精』のリリアーヌの呪いの魔法は、愛する人との口づけで解かれるのですよね。

ふふ。私も愛する人と口づけをすれば、悪い魔法が解けるかもしれませんね」


ガウルは「ふふ」と、プリシラの笑いを見事に再現すると、品よく立ち上がり、隣に座るガウルの姿のプリシラに、少しかがんでキスをした。





『ええええええっ!!!』


驚いて声も出なかったプリシラは、目の前近くにあるガウルの姿がガウルだと気づいてさらに驚く。


ガウルも、自分の顔を見て驚いているようだ。



プリシラはバッと自分の手を見る。


目に映った手は、プリシラの手だった。

透明感のあるほっそりした手だ。

日に焼けてゴツゴツした、大きな男の手などではない。



―――どうやら魔女の魔法が解けたようだ。

今のプリシラの姿はきっと、プリシラ自身の姿だ。


プリシラは内心の動揺を隠して、淑女の顔を作る。


「ふふ。これで悪い魔法は解けたみたいですね」とアンソニーに上品に笑って見せた。


プリシラは淑女の中の淑女なのだ。





「……やはりプリシラ嬢は、リリアーヌのようですね。ご縁がなくて残念です」


本当に残念そうな顔をして、アンソニーは帰っていった。




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