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01.プリシラの事情


「まあ。アンソニー様はとても博識でいらっしゃいますのね」


ほほとプリシラは、舞踏会の会場で上品に微笑む。



この王家主催の舞踏会は国中の貴族が集まるもので、若い貴族の男女の出会いの場にもなるという。


決して出会いを求めて舞踏会に参加した訳ではなかったが、初めて参加した社交の場で、プリシラは独身の紳士達に囲まれていた。




プリシラはサッコロッソ伯爵家の長女だ。


サッコロッソ家が由緒ある家でありながらも、今までプリシラが社交の場に参加してこなかった理由は、社交的な兄や妹がいるからだった。


社交的な兄や妹がいるので、『家に一人くらい引きこもりがいてもいいわよね』と、虚弱を理由にお茶会の誘いも断り続けて家にこもり続けていた。


ただ家に引きこもっていただけだったが、世間は私の事を「サッコロッソ家の秘宝」と誤解し、噂し出した。


「完璧な礼法を身につけた、淑女の中の淑女」

「儚い美しさを持った妖精姫」

「さまざまな国の言葉を話せるマルチリンガルな女性」


世間はそんな様々な代名詞でプリシラを呼ぶ。



確かに自分でも礼法は完璧だと思う。


『きっちりとやるべき事を押さえておけば、家に引きこもっても何も言われないだろう』

そんな思惑があって、必死に身につけた礼法だ。


様々な国の言葉を話せる――というより、様々な国の言葉を読んで理解出来るのも本当だ。


引きこもりに読書は当たり前の時間潰しだ。

暇に任せて本を読んでいるうちに、言葉を習得していっただけだ。何かを目指した訳ではない。


儚い美しさ――はどうか知らないが、気持ち悪いくらい色白である事は認める。


色白は虚弱を表すのに必須条件なのだ。引きこもるためなら、日焼け対策は怠らない。

美しさという点においては、妹の方が可愛い顔立ちをしているのだが、私もまあまあそこそこ悪くない顔立ちをしているとは思う。だけど妖精姫と呼ばれるほどのものではない。

この長いサラサラの銀髪の涼しげなカラーが、「儚げな美人風」に見えて、世間の誤解を深めているのだろう。


そんな私は、今まさに窮地の中にいた。




今夜開催されている、王家主催の三日にも及ぶ舞踏会は、未婚の男女の貴重な出会いの場でもある。

パートナーを連れていない者は、「婚約者募集中」と名乗っているようなものだ。

「あなたがお噂のプリシラ嬢ですね」と声をかけてくる殿方が絶えなかった。



『だからお兄様に「今夜はパートナーとして付いていてほしい」と、精一杯か弱く可憐に見えるようにお願いしたのに』と、プリシラは内心むくれていた。


兄は母の言葉を優先したのかもしれない。


昨年までは虚弱を理由に舞踏会に顔も出した事がなかったプリシラだが、今年のお母様はそれを認めず、「今年の舞踏会こそ出席して、必ずお相手を見つけるのよ」とプリシラに諭した。


兄も母から何か言われているのか、兄は会場に着いた途端に「何かあったらすぐに駆けつけるから」と頼りない言葉を残して、どこかに行ってしまった。


きっと今頃どこかで、呑気に誰かとお喋りしてるに違いない。

『あのお喋り好きめ』とプリシラは兄を恨んだ。

頼りない兄は、紳士達に囲まれて動けないプリシラを助けに来ようともしないのだ。


『本当に肝心な時に役に立たないんだから』とプリシラは、隠した扇子の陰で細くため息をつく。




プリシラは今はまだ誰とも結婚なんてしたくないと思っている。

結婚なんてしたら、今までのような自由な引きこもり生活を失ってしまう。

プリシラを完璧な淑女だと思い込んでいる人の前で、ずっと淑女を演じ続けなければいけなくなるのだ。


そんな息が詰まるような生活は無理だ。

受け入れられるはずがない。


『だから魔女の家に行ったのに』


プリシラは淑女の笑みを見せながら、扇子の陰でまたそっと細く息を吐き出した。






お金さえ払えば、どんな願いでも叶えてくれるという噂の魔女。

王都の街の外れには、そんな魔女の店があるらしい。


魔女の噂を聞いたプリシラは目を輝かせた。


王家主催の舞踏会が迫っている中、プリシラを淑女だと誤解して求婚してくるような貴族達に、どうしても言い寄られたくなかった。

誰とも出会いたくないなら、誰とも話さなければいいだけだが、そんな態度を淑女の中の淑女と言われるプリシラが取れるわけがない。

評判を落とす事なく、誰にも求婚されたくないとプリシラは願った。


『なんとかこの窮地を抜け出さなくては』とプリシラは、昨日プリシラの信頼する侍女と、どんな願いでも叶えてくれるという魔女の店を訪れたのだ。


プリシラの願いは『殿方に求婚されない事」。

――シンプルかつ、直球の願い事だった。


そして魔女の求める法外な支払いに応じて、今日に挑んでいた。



それなのに。


それなのに貴族の紳士どもがプリシラを取り囲んでいる。

「ぜひ二人でお話ししませんか?」と、サッコロッソ家より格上すぎて断りにくいドルチェ侯爵子息も、さっきから執拗に絡んでくる。

「いや、ぜひとも私と」と、張り合うように主張してくるのは、バイオレット商会の会長の孫、レニー伯爵子息か。



『あの魔女に騙されたわ……』とプリシラは絶望の淵にいた。





プリシラを囲む紳士達が、「私とぜひ」と言い合う中、プリシラは少し近くに立つ一人の男性が目に入った。



その男性は、プリシラを取り囲む貴族達とは明らかに違っていた。


近くのテーブルでグラスを傾ける、貴族というより荒くれた傭兵のような雰囲気をまとった男性。

鋭い目をした彼は、背が高くガタイもいいので、とても威圧感がある。彼に話しかけるような者は誰もいないようだ。

ただ一人で飲み物を飲んでいるだけだが、舞踏会というこの会場の中ではかなり目立つ存在だった。


『彼はきっと辺境伯ご子息のガウル様ね』とプリシラは、彼の正体に見当をつける。辺境伯子息は、彼の領地にある騎士団の団長も務めているらしい。


ガウルの事は、去年舞踏会でガウルを見かけた兄妹が、「熊のように大きくて、鋭い目をしていて、近寄り難い人物だった」と、彼の事を噂していた。


言葉を交わした訳ではないようだが、目立つ彼の存在は無視できなかったようだ。

確かにプリシラも、『どんな人なのかしら?』と噂を聞いただけで少し興味を引かれたものだ。


ガウルが辺境から王都に出てくるのは、この社会シーズンだけらしい。

 

『ガウル様も貴族の努めとして、形式的にこの場に顔を出しているだけなんでしょうね』とプリシラは考える。


舞踏会に参加しながらも、人を寄せ付けない威圧感を持ち、堂々としている彼が羨ましいと思った。






「プリシラ嬢?」

取り囲む紳士に声をかけられて、プリシラは目の前に意識を戻す。


いけない。

この状況が嫌すぎて、他に思考を飛ばしてしまった。


『淑女らしく対応しなくては』と視線をガウルから動かそうとした時、バチッとガウルと目が合った。



目が合った瞬間――軽くめまいがした。



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