057 宝島 ~考察編①~
いつものメンツはいつも通りバラバラと喫茶『ゴシックロリータ』へと集まってくる。
集合時間はあるようでない。昔からそういう仲なのである。
三々五々に集まって、三々五々に解散する。
各自の自主性に任せると言えば聞こえはいいが、身勝手も言える。
だが、MMORPGは昔からリアルの生活を圧迫し、生活リズムを狂わせる。
とはいえ、最低限の学校の出席や、合気道の練習などログインが遅くなることも多々ある。
だからこそ細かい時間は決めず、日程と場所だけ合わせる。
時間については各々が都合のつくタイミングで集合すればよいのである。
ただ、廃人と呼ばれた人々は睡眠時間を削り、食事の時間を惜しみ、入浴時間を限りなく削った。
その中でもシゲは頭一つ抜きに出ていた。とにかく寝ない。睡眠時間は毎日1時間~2時間。
シャワーは10分以内。食事は5分で済ませる。休憩の時間は多少とるもののほとんどの時間を狩りに費やしていた。
レアアイテムはドロップするまで粘り、経験値が必要とあれば貪欲にひとつでもふたつでもレベル帯の高い場所へと赴きソロで攻略を行う。
パーティを組んで狩りをすることはシゲにとっては苦痛なものだった。
そう、シゲは元々ソロプレイヤーだったのである。
パーティを組もうと誘われればいく事はあったが、1日のうちの数時間程度。
丸一日だれかとパーティを組むようなことは無い。ソロで活動している時間の方が長かったのである。
しかしそんなシゲを毎日誘い続けたのが今のメンバーである。
ハナが誘う日もあれば、ステファが誘う日もあり、誠が誘う日もあった。
そして集合場所にはいつも変わらぬ6人がいた。
そしてこの6人についてだけは、不思議とパーティを組んでも苦痛ではなかった。
理由は全く分からない。波長が合うと言ってしまえばそれまでなのだろうが、それぞれのメンツに強烈な個性があった。
決してプレイヤーレベルが高いわけではない。スキルレベルが高いわけではない。
ただ、7人でパーティを組むとプレイヤースキルが非常に高かったからか自然と効率的な狩りができ、いつしかシゲもパーティを組んで狩りをすることが楽しみになった。
今でこそ、ルカやルナが加わったもののあの頃の空気感は変わらない。
50年経過しても変わらないものがそこに在るという安心感は
あの頃MMORPGの中でブラウン管モニターを通して、ISDNの貧弱な回線で出会った頃そのものなのである。
今、我々の脳は並んで配置されているのか。はたまた離れて設置されているのか。それすらも知る由はない。
信頼なんて言う薄っぺらい言葉では片づけられない安心感がそこにはある。
だからこそシゲは本を読みながら、ステファの淹れる珈琲を飲み待ってられる。
ルナも騒ぐことなく、黙ってクッキーを食べながら本を読んでいる。
一般客の来ることのない店で、ステファはカウンターの中で珈琲を飲みながら、店内に流すJazz音楽を選んでいる。
ゆっくりとした時間が流れる中、カランとドアを開けて誰かが入ってくる。
しかし、シゲは本から視線を外すことはない。
入ってきた誰かはシゲの隣の席に座り、ステファへと注文を入れる。
シゲはその声だけで、入ってきたのが澄弧だとわかる。
澄弧もシゲの読書の邪魔をせずに黙ってコンソールを開いて動画を見る。
LAOのゲーム内コンソールにはいろいろな機能があり、所謂昔のパソコンやスマホのような使用方法もあれば
自分自身のステータスを見たりすることもできる。
澄弧はコンソールで自分の気に入った動画を見ながら紅茶を飲む。
LAOの世界では姿形や種族が自由に選べるため、澄弧はその名に従い狐の尻尾と耳を付けている。
外を歩く時は狐の面を更につけているが、ゴシックロリータの中では面を外してリラックスしている。
次にやってきたのはハナである。
元気よく扉を開いたが、ゴシックロリータの中にいる全員が各々好きなことを静かにしているのを見て
元気よく入ってきたことを少し後悔する。
結局ハナはルナの隣に座り、ステファに注文をすると少し不満そうな顔で焼き菓子とお茶をつまむ。
そこからは俊也、誠と続き段々とメンバー内の会話が出てくる。
最後は介護される様にペインがルカと共にやってくる。
やがてシゲは本を読むことを一区切りさせてパタンと小さな音を出して本を閉じる。
「さて、はじめようか。」
よく響くシゲの声が始まりの合図を告げる。
こちを開いたのはルカである。
「えーっと。大したことは実は調査してないのですが……。地図をもう一組入手してきました。同じものかどうかの確認はできるかと。」
「いや、大事だね。ちゃんと同じものか比較しよう。」
シゲはルカとペインの調査を肯定する。
ルカは肯定してもらえるとは思っておらず、思わず安堵のため息を漏らす。
「こっちは言語だ。サンスクリット語とルーン文字についての習得だな。」
そういうのは俊也である。ステファに至っては短剣にルーン文字を刻んだものをテーブルの上に出す。
「90年代くらいのアニメでサンスクリット語とか流行ったよねー。」
ハナは素直に感想を漏らす。
「こっちは潜水艦の調達だ。今の段階では手付金しか支払ってないけどな。」
「なんで潜水艦なんですか?」
ルカは誠が調達してきたものに対しての疑問を投げかける。
「その疑問については俺が答えよう。今回の宝島はアトランティス大陸かムー大陸と絞り込んだ。どちらも沈んだ大陸だから潜水艦という移動手段はあっている。」
「その二つは考えたけど、どっちの大陸が正解なのかわからなかったんだよな。」
誠の疑問はシゲによってあっさりと回答される。
「結論としてはムー大陸だね。古書屋で購入した本を全部読んだが、神罰に関する記述はあったが、大陸ではなく塔だった。多分これはバベルの塔に近いものと考えられる。一方で大地震に関する記述は5件。歴史的に確認可能なレベルの大地震に関する記述が1個。火山の噴火によるものが1個。残り3個はあえてあやふやな記述になっていた。『大陸が沈んだ』という記述ではなく『文明が滅んだ』とされていた。」
「大地震……か。」
「思い出すのはきついな。」
このメンツの中にはリアルで大地震に遭遇した人間が二人いる。
一人は神戸で阪神淡路大震災を経験した澄弧。もう一人は東日本大震災で岩手にいた誠。
二人にとって地震は本当に怖いものである。
関東にいた俊也も東日本大震災の被害はあったものの、あくまでも揺れただけであり人的な被害というのはほとんどなかった。
津波や火災、家屋の倒壊で実際に被害に遭った二人にとって地震というのは、大地震というのは非常にきついワードなのである。
だからこそシゲは澄弧に対してはムー大陸ではなくアトランティス大陸に関する記述を探すようにさせていたし
神罰によって沈んだ西の大陸というのを強調していた。
とはいえ、ムー大陸は誰でも知る伝説の大陸でもある。雑誌の名称になる程の有名さはあるものの、ムー大陸に関する逸話を知るものは意外と少ない。
「さて、ではムー大陸についての講義を始めよう。」
シゲは鼻息荒く、解説を始めるのだった。




