041 基礎の呪い~土編①~
「はあ、はあ……。」
息を切らせながら重装備を着込んでペインはだらだらと歩く。
こんなに怠惰になったのはいつからだろうか。
ルカに引っ張られながら基礎騎士のスキルをカンストさせたのも
すべてはルカのおかげである。
自分では能動的に何もしていない。
自分こそがダメ人間であると思っている。
しかし、昔からの仲間たちはそのダメさすら含めてペインであるのだと態度から読み取れてしまう。
『ダメで何が悪い?』
そんな言葉がシゲから出るのが本当に恐怖である。
もとよりMMORPGにおける『廃人』などダメ人間の集大成である。
学校もおろそかにし、寝食すら投げ捨て、ゲームに没頭する。
プレイ時間の長さはやがてレベルの高さとなり、レベルが上がると必然的にパーティを組む連中も固定されていく。
幾人もリアルをやっぱり優先すると言ってダメ人間を辞めていった人間を見てきた。
その度にダメ人間を脱却できない自分自身を見て悲観する。
医学部に入ったのに必修項目の履修もままならない。
髪は伸び、髭も伸びて、爪には垢がたまりそれでもPCに、オンラインゲームに向かうしかなかった。
誰が何と言おうと、結局自分は怠惰なのだ。
現実逃避のできるオンラインゲームに後ろ髪を引かれる思いはあったものの
シゲをはじめとするこのメンバー以外とゲームをするということがどうしても考えられなかったので
致し方なく学校生活へと戻った。
元々、高校生までもロボットの様に学校へ通い、勉強をするだけで不思議と点数は取れた。
大学でも心を無にしてロボットのように抗議を受けるだけですいすいと単位は取れたし
手先が器用なのもあって外科医として働くこともできた。
大学病院でこそ派閥などというものもあったが、ペインが元々人付き合いを上手にするタイプではない事から
誰からも相手にされず、どの派閥に所属することもなく淡々と業務をこなすだけでよかった。
客観的な視点では冷静。自己視点では無頓着。
それがペインの社会的評価であり自己評価である。
だらだらと歩きようやく洞窟の終わりが見える。
光が差し込んでいるので出口なのだろう。
しかし最後にまた急な上り坂。ペインは重い鎧を脱ぎ捨てたい思いで一歩一歩と歩いていく。
そして洞窟の出口から出た。一瞬光で前が見えないが段々と目が慣れてくる。
――そこにはルカがのんきにお茶を飲んでいた。
純白のガーデンテーブルに純白のガーデンチェアに浅く腰掛け
姿勢を正したまま、ルカはティーソーサーを持ち上げて紅茶を飲んでいる。
「相変わらず怠惰ですね。」
るかはペインに向かってそういった。
なぜ回復術師《ヒーラー》であるルカがここにいるのだ?
基礎系には全く関係ないルカがここにいる理由はなんだ?
「あれ? ひょっとしてまだ気づいてません?」
「何のことだ?」
「この試練の担当、私です。」
「なんだって!?」
「だって基礎騎士つくったの私ですもん。看護師も本当にしていましたけどね。」
そう、ルカはやたらめったら『基礎騎士』なんていうマイナーな職業に詳しかったのだ。
ルカの言う通りの狩場にいき、ルカの言うとおりに立ち回り、ルカの言うとおりにスキルを使う。
まるでルカに指示されるだけのロボットであるかのように、心を無にしてこなすだけでよかった。
ルカはどんなにペインがダメな人間でも、時にはうまくいかなかったときも、次の日にはけろりとしてペインを引きずってスキルレベル上げに付き合ってくれた。
そのルカが『基礎騎士』の製作者そのものであるというのである。
「私、ダメ人間というか、ダメ男というか、M男くんというか、そういうのにしか興味ないんですよね。」
そういいながら静かにティーカップとティーソーサーを置くと、ルカは自分の髪を指でくるくるとする。
ペインが朝起きれずに遅刻した時。ペインが疲れ果てて酒場で酔いつぶれた時。ペインが心折れて「今日はもう無理だ」と言ったとき。
そんなときは決まってルカは髪をくるくると指に巻いて楽しそうにする。
『ダメな男に尽くしている自分』に酔っているのであろう。
そてはもう楽しそうに、健気に、儚く、献身的にペインへと手を差し伸べるのである。
「それはそれは……楽しかったかい?」
「楽しいよ。これからも一緒に楽しもうよ。」
「うちには優秀な『基礎聖職者』がいるもんでな。俺にはパーティの人員に口出す権限はねぇんだわ。」
そういうとペインはルカに向けてランスを構える。
「あー。ダメダメ。それじゃこの試練は突破できないよ。」
そういうとルカは静かに椅子から立ち上がる。
「では、実況と解説は宜しくね。」
「はい、実況の新太刀《しんたち》でございます。解説は引き続き開発のA氏をお迎えしております。」
「宜しくお願いします。ようやく仕事が出来そうです。」
「と、言いますとこの試練はどのように行われるのでしょうか?」
「ルカさんから解説は一任されてますので解説いたします。この『土の試練』においてはモンスターが出てきます。WAVEという形で段階的にモンスターが出てきます。そこで『基礎騎士』であるペインさんにはルカさんを守り切ってもらいます。モンスターを倒すもよし、ひたすら防御に徹して守り切るもよし。やり方は様々です。」
「ほうほう。『基礎騎士』は所謂タンクであると考えてよいのでしょうか?」
「そうですね。多少の攻撃方法はあるとはいえ、基本は守りです。鎧も重装備、盾も大振りなものを、そしてランスで攻撃も可能ですがスキルの大半は守備的なものになります。」
「なるほど。これはまた大変な試練となりそうですね。」
「そうですね。モンスターのターゲットやヘイトを常に自分に集め続け、ルカさんを守り抜かねばなりません。」
「と、いうことなの。ペインさんは必死になって私を守り続けてね。もちろん私はペインさんに回復魔法をかけてあげちゃうからモンスターのヘイトがこっちに向いちゃうことも多々ありますよ。」
基礎騎士のスキルはたった三種類。
しかも他のタンク職と被っているものばかりで、スキルレベルは上がりにくい。スキルレベルあが上がっても恩恵がよくわからない。
・タウント
モンスターからのヘイトを一身に集める。スキルレベルが上がるとその効果範囲が広がる。
・防御
モンスターからの攻撃を防御する。防御は装備品+スキルレベルで計算される。
・連続突き
ランスを連続で突くことができる。突く回数は変わらないがスキルレベルが上がるとディレイ時間が短くなる。
つまり、ペインにできることは戦場を駆け回り、タウントでヘイトを集め、防御で我慢し、たまに連続突きで攻撃する。
特にルカへ攻撃しようとするモンスターへと攻撃をすることでターゲットを移し、自身で対応していく。
本来であればここに剣士や格闘家が加わり、ヘイトだけ管理していれば攻撃は仲間がやってくれるのだが
今回に限っては全てを自分自身で処理し続けねばならない。
立ち回りを考えただけで憂鬱である。
ペインは天を仰ぐがそこにはごつごつした岩があるだけだった。




