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032 基礎の呪い ~水編①~

「さあ、チャンピオンの入場です!」

 

 実況の新太刀がそう叫ぶと、リングの奥にあるドアが開き様々なライトに照らされて華々しく入場してくる。

 頭にはムエタイ特有のモンコンを装備し、両方の二の腕にはパープラチアット、首からはプラクルアンを下げて入場してくる。

 

 ムエタイ風の男はゆっくりとした足取りでリングへと近づくと、リングロープの隙間からぬるりとリング状へと降り立つ。

 

「歴史上最強! ムエタイ世界チャンピオン、ブアカーオ・ポー.プラムック!」

 

 どこからともなく歓声が上がる。LAOは妙にこういうところにこだわる癖がある。

 

「チャレンジャー、合気道師範代、澄ぃぃぃぃぃ弧ぉぉぉぉぉぉ!」

 

 こちらについても歓声が上がる。観客などどこにもいないというのに。

 致し方なく、澄弧はかぶっていた狐の面を外して右手を高々と上げる。

 

「さぁ、まずはプラムック選手がワイクルーを行い、闘う前の準備をします。その間に解説のA氏よりお言葉を頂きましょう。」

 

「ムエタイ対合気道ですか。正反対の格闘技が衝突しますね。」

 

「正反対とはどういうことなのでしょう?」

 

「ムエタイは打撃技を中心とした格闘技です。それに対して合気道は投げを中心とした組技系と言えるでしょう。」

 

「では、相性は良くないと。」

 

「単純に対象だけで言うとよくないのでしょうが、今回は『基礎縛り』があります。基本的に(・・・・)基礎格闘の技しか使えません。つまりは『パンチ』と『キック』に限定されるわけです。」

 

「なるほど。そうなるとパンチの威力、キックの威力が大事という事になりますが……。」

 

「両者ともに基礎格闘をスキルマスターした状態ですから、スキルとしての威力は変わらないでしょう。問題は相手の隙をどれだけつけるか。その一点に集約されます。」

 

「そうなると……両者の身長差はどう捉えますか?」

 

「プラムック選手は174センチ、それに対する澄弧選手は身長が158センチ。その差約15センチはリーチの差になるので澄弧選手は大変厳しい戦いになるものと思われます。」

 

「今回は装備の使用が認められています。とはいえ、リング上の両者は完全に素手に見えます。」

 

「プラムック選手はバミューダパンツのみ装備ですからね。あとは足首にサポーターでしょうか。一方の澄弧選手はこれは……合気道の道着ですね。」

 

「合気道は上衣として胴衣を、下は袴になりますかね。」

 

「なんとなく、合気道の女性は振袖とか着てそうなイメージなのですが、そのへんはいかがでしょう?」

 

「完全にそれはバーチャファイターの梅野小路葵のイメージですね。改めてください。」

 

「失礼いたしました。両者レフェリーから注意事項を受けています。今回の試合は何でもあり、肘打ち、頭突きなんでもありです。制限は基本的に(・・・・)基礎スキルしか使えないという点です。」

 

 リング中央で二人はレフェリーから注意事項の指摘を受け、拳を互いに合わせるとそれぞれのコーナーへと戻る。

 そして響き渡るゴング。二人はリング中央まで一気に距離を詰めると、そのままパンチの連打を応酬する。

 

「ゴングが鳴った直後から、ラッシュ! ラッシュ! ラーッシュ! 互いに拳が目に見えぬ速度で応酬されています!」

 

「速度的には澄弧先週の方が若干早いようにも見えます。プラムック選手はそのパンチに対して的確に自分のパンチを合わせることで相殺してますね。」

 

 澄弧はラッシュの最後に右ストレートを渾身の力を入れて打ち込む。

 ところがプラムックはやはりそれに合わせるようにしてパンチを繰り出し、相殺される。

 勢いのあるパンチの相殺は、互いの身体を数メートル後ろへと弾き飛ばす。

 

「ふむ。」

 

 澄弧はそう呟くと、少し血のにじんだ拳をペロリと舐める。

 

「武器は装備してよいのじゃったな?」

 

 澄弧がそう問いかけると、プラムックは「OK」とだけ言い、レフェリーも肯定する。

 

 澄弧がアイテムボックスから取り出したのは新聞紙。

 

「おーっとここで澄弧選手、武器の装備か? いやでも新聞紙? いったいこれは何なんだー!」

 

 実況が絶叫する中、澄弧は淡々と新聞紙をくるくると丸めるとまずは左手の拳に新聞紙を巻き付ける。

 続いて、同じように丸めた新聞紙を右手の拳へと巻き付ける。

 

「解説のA氏、これは一体何なのでしょう?」

 

「新聞メリケンですね。1970年代~1980年代にアウトロー、所謂暴走族などが使用していた武器と言って差し支えないでしょう。」

 

「新聞ですよ? 紙ですよ? 丸めて叩かれたと言って痛いものではないじゃないですか?」

 

「凶器に関しては、『硬い凶器』として古くでは栓抜きやパイプ椅子なんかがありますが『柔らかい凶器』というものも存在します。その代表例が新聞メリケンと言っていいでしょう。」

 

「しかし……紙の新聞など、インターネットにより全滅した媒体ですよ? 普通の模造紙とかではダメなのでしょうか?」

 

「紙の質が普通紙、所謂コピー紙などでは固すぎるのです。新聞紙程度の『雑な紙』でこそ真価を発揮します。」

 

 澄弧はグッグッと両の手を握っては開いて感触を確かめる。

 そしてプラムックに向かって右こぶしを突き出す。

 プラムックがニヤッと笑ったその刹那、リング中央でまた両社が激突する。

 パァンと乾いた音と共に両者の右こぶしが合わさる。

 

 互角。

 

 お互いまっすぐの右ストレート。腕は伸び切りこれ以上の力は出ない。

 そう判断するや否や、澄弧は半歩近づき左右の拳でラッシュをかける。

 プラムックは慌てることなくすべてのパンチを相殺していく。

 

 本来であれば、ムエタイは素手で行うため両者の拳や足が段々とダメージ蓄積される。

 しかしそこに新聞紙を挟んだことで、両者ともに拳を痛めることなくパンチを打ち続けられる状態となる。

 

「速い、速い、速い! ラッシュに次ぐラッシュ! 両者一歩も引きません!」

 

 一番最初に耐えられなくなるのは新聞紙。

 だんだんと新聞紙は削れ、綻び、紙の残骸が周囲を飛ぶ。

 

「破れた、擦り切れた新聞紙が両者のラッシュを祝福するかのように舞い散っております! これは美しいラッシュだ!」

 

 そしてやはり最後に澄弧渾身の右ストレートをプラムックはこぶしを合わせて相殺すると両者の距離が離れる。

 

「これではダメか。」

 

 ボロボロになっても手に巻き付いている新聞紙の残骸をリングの外へとぽいっと捨てる。

 

「今更ではありますが、基礎格闘のスキルをおさらいいたしましょう。基礎格闘スキルはたったの二つ『パンチ』と『キック』の二種類です。スキルレベルは0からスタートし、MAXが10であります。スキルの内容は『威力』と『速度』について記載があり、威力はだんだんと上昇していき、スキルレベルが10になると威力が10倍になります。そして速度は…えっ、これ単位間違えてませんか?」

 

「合ってますよ。速度の単位はkm/hです。スキルレベルが10になると250km/hになります。」

 

「び、秒速69.4m? それを互いに1メートルもない距離で打ち合っているのですか?」

 

「そうです。だから『異常』なのです。まともな神経ではついていけない。澄弧選手はLAOに参画する前から相当な鍛錬を行っていたのでしょう。」

 

「驚愕な事実です! いくら脳が直結されてるとはいえ、長時間戦えば脳の処理速度的に追いつけなくなります! さぁ澄弧選手、次なる一手はどのようなものになるのか!」


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