025 ステファ編 ~勇者と英雄~
ゲルゼボシ戦闘指揮所ではステファが手持ち無沙汰に診療所の机に座って足をぶらぶらさせている。
診療所にはいくつもの空席のベッドが並んでおり、とても戦時下とは思えない。
良くも悪くも、戦時下であればけが人が発生するようなものなのであるが、それが全くいないとなると話は別である。
「あと二週間くらいかかるよなぁ……。」
ステファは独り呟く。
自分がゲホサラス教国に到着したのは街道を歩いて三週間も経過してからである。
時に乗合馬車に揺られ、時に自分で乗馬をしてやっとの思いで到着した。
シゲがその通りの道のりでやってくるとすれば、三週間はかかる。
辺境の地であるが故の戦争状態。
他国が誰も関与してこない辺境の国同士の小競り合い。
基礎聖職者にいとってはスキルレベルを上げる格好の場所だと思った。
<基礎聖職者スキル>
・基礎ヒール
簡単な外傷を癒すことができる。重傷の場合は重ねが消しても無効。
スキルレベルアップ条件:10000人への基礎ヒール実施。
・幸運の祈り
対象のラック値を上げることができる。効果は1時間。重ね掛け無効。
スキルレベルアップ条件:10000人への祝福実施。
・基礎リカバリ
軽度の状態異常(火傷、凍傷)を癒すことができる。
スキルレベルアップ条件:10000人への基礎リカバリ実施
「あと二週間くらいかかるよなぁ……。」
ステファは独り呟く。
自分がゲホサラス教国に到着したのは街道を歩いて三週間も経過してからである。
時に乗合馬車に揺られ、時に自分で乗馬をしてやっとの思いで到着した。
シゲがその通りの道のりでやってくるとすれば、三週間はかかる。
辺境の地であるが故の戦争状態。
他国が誰も関与してこない辺境の国同士の小競り合い。
基礎聖職者にいとってはスキルレベルを上げる格好の場所だと思った。
最初はイスブルクの街の出入り口城門前で、辻基礎ヒールなどを実施していたのだが、どうにも効率が悪い。
所詮は始まりの街なので周辺モンスターの強さもたかが知れているし、なによりもパーティーに回復術師を加えるというのが定石だったため
HP管理がそもそもしっかりとされているのである。
また、幸運の祈りであれば辻でもできるかと考えたが、回復術師は全ステータスの+5という汎用バフを持っている為
逆に辻で幸運の祈りをかけると邪魔だと怒られてしまった。
色々と基礎職は不遇であり、必要とされる場面がかなり限定的であることもあってステファが最終的にたどり着いた結論が戦争国家への介入だった。
基礎リカバリについては状態異常が戦時下で発生するのは難しいとは思ったが、火矢などを使用する可能性もあるし
戦時下の忙しさであっという間にスキルレベルを上げることはできるだろうという判断だった。
最初は国家間の戦力は拮抗しており、常に怪我人が発生しとても良い場所であったと満足していた。
しかし、話はそううまく続くものではなかった。
そんな折、診療所の外からエンジン音が聞こえる。
もう何十年も聞いていない音である。化石燃料を使用したエンジン音など、とうの昔の話である。
そこでハッとステファは気付く。最後の最後まで化石燃料をばらまいで地べたを疾走していたやつがいた。
ステファは慌てて机から飛び降りると、診療所の入り口に向かって走る。勢いをつけすぎて転びそうになるが、床に手をつき再度走る。
診療所の入り口から差し込む逆光で、外の様子はよくわからない。
診療所のドアを開いて勢いそのままに外に出る。
ステファが診療所を出るとそこには、ステファが待ち焦がれたシゲがバイクに乗っていた。
「よう。」
シゲがステファに声をかける。まだまだ到着しないと思っていた助けが現れてくれた。
予定よりも二週間以上早く。それだけでステファは泣きそうだった。
「よく……よく来てくれたね。」
「まあな。飛ばしてきたぜ。」
そう言ってシゲはニヤリと笑う。
その屈託のない笑顔は、ステファが求めていたものだった。
「中で話そう。」
ステファは出来る限り感情を押し殺してシゲに言う。
「そうだな。まずは話を聞こう。」
シゲはそう言ってバイクを診療所わきに停め、ステファに導かれるまま診療所へと入っていく。
診療所ではステファとシゲが向かい合って一つのテーブルを挟んで座る。
「まずは、『おめでとう』でいいのかな?」
シゲはステファに尋ねる。
「やっぱりバレていたか。シゲはすごいね。」
そういってステファは静かにカップを手に取り飲み物を飲む。
「なんとなくな。最初にあった瞬間に『そういうことか』とは納得したが。」
「最初にリアルであった時に驚いた表情をしていたので『気付いたかな?』とは思っていたんだ。」
「ああ、リアルでは『男』だったのだろう?」
「うん。ボクは『男』だった。一応病院からも診断書を貰ってね。性同一障害と認定されていたよ。」
「こっちに来て念願の『女』になれたという事だな。」
「そうだね。ようやく偽らずに生活できるようになった。その影響が今回出てしまったわけだけど。」
「ほう? 今回の話をしようか。」
「シュテボメ国とゲホサラス教国が戦争状態にあるのは知っての通り。ずっと戦力は拮抗していたんだ。だから最初はけが人も多かったしスキルレベルを上げるためには十分な状態だった。」
「なるほど。基礎聖職者はスキルの使用回数か。」
「正確には使用人数だね。1レベルの間に1人が該当する。スキルレベルが上がるとリセットされるようだ。」
「どんなデータベースで管理してるんだ、ALOは……。」
「正直既に使用しているか、未使用かは関係なく忙しく回復させることができればそのうちクリアできる現実的な数字だよ。国民が1千万人に対して兵士の数が5万人だからね。」
「なるほど。とりあえずやってればそのうちってところか。」
「うん。ただ、一つ問題が起きた。」
「ほう。」
「人間はやっぱり多種多様いるね。ボクが言えた話じゃないが。『勇者になりたければドラゴンを倒せ、英雄になりたければ1000人殺せ』とはよく言ったものだ。」
「英雄が出たか。」
「ああ、都合の悪いことにボクの噂を聞きつけて、『英雄になれてボクっ娘に癒してもらえる!』って匿名掲示板に書き込んだ馬鹿がいてね。」
「それでこの閑古鳥か。」
「キャラレベル的には30程度らしいのだけれど、なんせ一般兵士よりかは全然強くてね。ほとんど無双状態で最前線にいるらしい。こちらの兵士の士気も下がってね。もう任せておくだけでいいんじゃね? となってしまっているんだ。」
「なるほどな。」
「そこでシゲなら、シゲがシュテボメ国側についてくれたら戦力拮抗が戻るんじゃないかと思ってね。」
「ステファが国を変えてはだめなのか? 今ならシュテボメ国側に大量に負傷兵がいるだろう?」
「どうやらALOの制限で、一度決めた国を変更する……つまりは亡命だね。これをするためには戦力が拮抗状態じゃないとできないようなんだ。」
「システム的にはどちらかの国に勝って勝敗をはっきりして欲しいというのがシナリオなんだろうな。英雄の排出と戦勝国の確立。ところがステファにとってはそれが困ると。特に敗戦国側にいるならまだしも戦勝国側にいるとなれば尚更だ。」
「事情を理解してもらえたようで嬉しいよ。」
「まずは英雄殿にご退場願おうか。」
「すまないね。頼むよ。」
ステファは申し訳なさそうにシゲに頭を下げる。




