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024 ステファ編 ~依頼~

「はぁ……。どうしてこうなったのかな。」

 

 ステファは困り果てていた。

 基礎聖職者というニッチなスキルを上げるためにはさまざまな制限がある。

 その制限をいち早くクリアするために、こんな面倒なことへ首を突っ込んだというのに。

 

「ボクはなんて運がないのか。」

 

 ステファはひとり呟く。

 困ったときに頼れる相手などあの男しかいない。

 わかっているし、わかりきったことだが気が重い。

 別に後ろ暗いことがあるわけではないが、彼の邪魔をしてしまうことは本望ではない。

 それでも、こうなってしまった以上、彼に頼るしかない。

 

 意を決してステファは彼へと連絡を取る。

 そう、シゲに連絡するのである。

 

『申し訳ないがゲルゼボシ戦闘指揮所まで来てもらえないだろうか? 詳しい事情はその場で話す。』

 

 そのメッセージを受け取ったシゲは鉱山での功績堀を投げ捨て、ステファに指定された場所へと赴く。

 ステファが指定してきた場所ははっきり言ってきな臭い場所である。

 シュテボメ国とゲホサラス教国の国境沿いにある。

 問題なのはその二国が年がら年中戦争を続けており、もう20年以上毎日飽きもせず何かしらの小競り合いが発生している。

 戦争理由はいたって単純、宗教による見解の違い。

 どちらも同じく、愛の女神を信仰しているにもかかわらず、どちらの国に聖遺物があるだとか、聖地はどっちにあるだとか

 本当に仮想世界として考えたときに無駄としか言えない理由で争っている。

 

 仮想世界には仮想世界ならではの移動ポータルが存在する。

 しかし、それはあらかじめ行ったことがある場所だけ。

 さらに言えばシュテボメ国やゲホサラス教国の様なきな臭い場所にはポータルが存在しない。

 そうなると、地べたを走る以外に方法がない。

 そこで出てくるのがシゲの秘密兵器。バイクである。

 

 リアルでは仮想世界への旅が標準となり、誰もリアルで旅などしない。

 それでも最後の最後までリアルで走り回っていたのはバイク乗りとトラック乗りである。

 トラック乗りはあくまでも自動運転を行うトラックに乗車するだけで、実際の運転は行わない。

 あくまでも非常時のサポートという立場であり、寝ていて全く問題がない。

 

 しかしバイク乗りという種族はどこどこまていっても阿呆であり、馬鹿なのである。

『バイクは馬鹿にしか乗れん!』という漫画の名台詞があるが、春は花粉、夏は暑く、秋は台風、冬は寒い。

 安全性確保のため、ヘルメットの義務化、プロテクターの義務化と厳しくなり

 バイクの電動化、自動運転も発売されたが見向きもしない。

『走りたいから走る』それ以上でもそれ以下でもなく、それ以外の理由もない。

 雨でも快晴でも関係ない。走りたい時がその時である。

 貴重な化石燃料を浪費し、自動運転などに目もくれず、マニュアル操作でクラッチを握りギアを変速させて走る。

 それが例えスーパーカブであっても、スポーツタイプのバイクであっても、オフロードバイクでも、ストリートバイクであっても、アメリカンなハーレーであっても

 人種、国境を越えて馬鹿と阿呆だけが乗る。そこに在るのはロマンだけ。

 

 中世ヨーロッパを基調としたALOのイメージに合わないという声もあった。

 だが、バイク乗り達は仮想世界でバイクを作り上げた。

 馬車では足りぬ。乗馬では足りぬ。車でも足りぬ。バイクでなければならんという馬鹿どもの集大成である。

 シゲがそんなニッチな声に耳を傾けない筈もなく、クラウドファンディングに資金を投じ、そのリターンとしてバイクを得た。

 シゲが選んだのはカフェレーサータイプのバイク。荷物も大して積めないが、シゲはこのタイプが気に入っていた。

 唯一現実世界と違うのは、燃料が化石燃料ではなく魔石であるという事。

 バイク特有のエンジン音や排気ガス、振動は所詮仮想世界。なんでも仮想で作れてしまう。

 それでも尚、バイクは一部の馬鹿で阿呆な連中の心をつかんで離さない。

 

 シゲはリアルで6人の仲間を直接訪ねた、唯一の人物である。

 その中でもステファだけはなかなか面会がかなわなかった。

 いつ、なんどき、どれだけ前であっても直接会うことは拒否されていた。

 スケジュールの問題ではなく、ステファが『会いたくない』と拒否し続けたのである。

 数年越しのアプローチの末、ステファは渋々ながらもシゲとの面会を許容した。

 指定された場所は琵琶湖のほとりにある公園。夕暮れ時に時間は五分だけという条件だった。

 

 夕暮れの公園に現れたのは、小柄なゴシック調の服装をした人物。

「やあ」とシゲが声をかけると、少しはにかんだ笑顔で「どうも」とステファは答えた。

 何を話しするでもなく、琵琶湖に沈みゆく夕暮れの太陽を見ながら公園のベンチに腰掛けた二人。

 二人の間にはちょうど一人が座れるだけの空間があいている。

 シゲはこの時点でステファが頑なに『会いたくない』といった理由をなんとなく察した。

 でもそれは口を開いて問う事ではないし、聞く必要もないと思った。

 

 夕日はあっさりと沈み、公園の街灯がともる。

「それじゃ、35年後に。」

 

 そういってステファはシゲに声をかけるとベンチから立ち上がる。

 

「ああ、またな。」

 

 シゲもそう答えただけでステファを見送る。

 

 傍から見れば不思議な時間であっただろう。

 ただ、シゲは十分満足した時間だった。

 ハナのように屈託なく笑って話をするでもない、澄弧のように格闘技の話に花を咲かせるでもない。

 ただ、黙って夕陽が沈みゆくさまを見る五分間。

 ステファとの繋がりはその時間だけで十分だった。

 

 そんなステファが、自ら望んで会いに来いという。

 シゲが動く理由はそれだけで十分だった。

 シゲはバイクを飛ばしてゲホサラス教国を目指す。

 本来であれば道中の敵を倒して進むのが定石だが、全て避けていくしかない。

 経験値を下手に得るわけにはいかない。

 

 仮想ではヘルメットの着用も、プロテクターの着用義務もない。

 唯一ゴーグルだけをして、シゲは街道を駆け抜ける。

 唯一、夜だけは走らない。日が暮れる前にキャンプを行う。

 

 北海道の田舎の農道などを実際に夜中バイクで走るとわかるが

 クワガタ虫がヘッドライトに誘引されて飛んでくる。それがヘルメットにあたって『ガンッ!』と大きな音をたてる。

 帽子型の簡易なヘルメットだと顔面に直撃する。当たるだけならまだいいが、刺さる可能性すらある。

 仮想世界では虫もモンスターとなっているものがあり、大型化している。

 そんなものが顔面に直撃した時には、Lv1であるシゲなど即死してしまう。

 従って移動できるのは日中時間帯のみとなっている。

 

 そもそもバイクとは長時間乗り続けられるシロモノではない。

 1時間~2時間に1度休憩を挟まないと、全身に風を受けている為、疲労が半端ないのである。

 加えて、飛び出てくる野生動物にモンスター。

 すべてに気を使いながら、出来る限りの最高速でかっ飛ばす。

 

 シゲがゲホサラス教国に到着したのはステファからの依頼を受けて5日後だった。

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