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023 誠編 ~精神と時の部屋~

「目標をセンターに入れてスラッシュ……。目標をセンターに入れてスラッシュ……。目標をセンターに入れてスラッシュ……。」

 

 誠は部屋の四隅に出てくるアンデットモンスターを歩いて行ってはスキルを使用して倒す。

 それだけでスキル経験値が10も獲得できる。

 そしてキャラレベルアップ用の経験値が0だというのもなかなかよくできている。

 ただし虚無。色即是空。

 今なら坊主の般若心経でも心に響く。

 こんなことをもうすでに6時間以上続けている。

 

 初めて精神と時の部屋に入った悟空が数分で値を上げたというのも意味が分かる。

 眠くない、空腹も感じない。ただ、何もない。刺激がない。

 最初のうちは鼻歌交じりにスキルを使い続けていたのだが、一時間もすると飽きてくる。

 この空間の元々の制作意図は、回復術師《ヒーラー》でも戦えますよと。スキル経験値はこうやって稼ぐのですよと。

 それをただ教える為だけを目的としており、ずっと居座ることを想定して作られていない。

 回復術師《ヒーラー》のホーリーアローで4匹倒せばその時点でスキルレベルが2になっておしまいだ。

 ホーリーアローのスキルレベルが2以上になってからチュートリアルを受けるという偏屈な奴もいそうだから

 大方4匹のアンデッドを倒した時点でホーリーアローのスキルレベルが2以上ならばフラグとしては達成になるのであろう。

 

 しかし虚無である。楽しい、楽しくないのレベルではない。

 賽の河原で石を積んでいる方が鬼が邪魔しに来るのでまだいい。

 これは崩れることない、崩されることなく石を積み続けているというある種の拷問である。

 

 <基礎剣士スキル構成>

 ・スラッシュ

  上段より剣を振り下ろし、通常に剣で切りつけるより威力の高い攻撃が出せる。

  スキルLv0:威力1.0倍

  必要スキル経験値100万

 

 ・薙ぎ払い

  真横に剣を払うことで通常攻撃より高い威力の攻撃が出せる。

  スキルLv0:威力1.0倍

  必要スキル経験値100万

 

 ・巻き打ち

  剣を身体の後方に置き、身体の回転に巻き付けるように腕を振り威力の高い攻撃を出す。

  スキルLv0:威力1.1倍

  必要スキル経験値100万

 

 基礎魔術師の足元にも及ばないが、通常プレイではなかなか難しいスキル経験値を要求されている。

 30メートル四方の部屋なので、それぞれの一辺をダッシュで駆け抜けると遅くとも10秒

 スキルを使用して敵を倒して、次の敵に向かうまでの時間は5秒。

 つまりは移動で40秒、倒すのが4体で20秒、リポップ10秒で70秒が1サイクルとなる。

 それを既に6時間続けているので12340のスキル経験値は得ている。

 雑多に計算すると、スキルレベルが上がるための100分の1である。

 600時間で1レベルがあがると想定すると、25日間不眠不休で実施すればスキルレベルが上がる計算となる。

 

「基礎スキル作ったやつ馬鹿じゃねぇのかーーーーー!!!!!!!!!」

 

 暗算の結果、絶望的な数字をまざまざと見せつけられて思わず誠は叫ぶ。

 基礎魔術師は更に10倍だから、単純計算で250日かけてようやくスキルレベルが上がる計算となる。

 そんなものを平然とした顔でスキルレベル7にしているシゲは阿呆の極みと言ってもいい。

 廃人仕様にしたって限度がある。

 

 元々、シゲたちが遊んでいた『アースオンライン』は廃人仕様のゲームとして有名であった。

 ある一定レベルまでは楽に上げられるのだが、急に次のレベルアップまでの必要経験値が倍増するのである。

 Lv1~Lv50まで稼いだ経験値をそのままそっくり稼ぎなおさないとLv51にあがれず、Lv70からLv71に上げるためにもLv1~Lv70までに稼いだ経験値と同等の経験値を必要とする。

 通称『HELLヘル』システム。

 何が地獄かというと、最初のうちはあまり気にしなくてもよいのだがデスペナルティがとにかく重い。

 次のレベルまでに獲得した経験値の10%を失うデスペナルティ。

 経験値を10しか稼いでいない状態で死ぬと1の経験値を失うのみで済むのだが、1万の経験値を稼いだ状態で死ぬと1000の経験値を失う。

 Lvが高くなればなるほど、HELLは短い間隔でやってくる。

 Lv50、Lv70、Lv80、Lv85、Lv90、Lv95そこから先は常時HELL状態。Lv99にあげるまでのつぎ込むべき労力は常軌を逸していた。

 Lvアップ手前の99%まで経験値を稼いだ状態で死ぬと90%まで戻される。

 その時の絶望と言ったらない。

 

 経験値を効率よく稼ぐためには、常にゲームの最前線で戦い続ける必要があり

 また、それに伴うプレイヤースキルも高いものを要求される。

 必然的にパーティを組むメンツは固定となり、野良で募集するなどという愚行は犯せない。

 シゲたちがゲームを辞めた後に運営も少しは考え直したのか、幾分か緩和が入ったという話は聞いたが

 燃え尽きてしまったシゲたちはゲームに戻ることは無かった。

 

 そんなHELLを数々乗り越えた廃人の誠をもってしても、この虚無に立ち向かうには覚悟が足りなかったとしか言えない。

『シゲができるというならできるんだろう』という軽いノリでやってきた。

 とりあえずシゲが諦めたという三日間は続けてみようと、誠は剣を振るい続ける。

 

 そして72時間が経過したと同時に、誠は即死薬を取り出して一気に口に含む。

 苦さと、辛さと、渋さに加えて、鼻から抜けるどぶ川の匂いを我慢して一気に飲み込む。

 すると胸がドクンと弾けたように大きく振動し、全身が熱くなり脂汗が出てくると誠はその場に膝から崩れ落ちるように倒れる。

 感想は『やってられるか!バカヤロウ!』だった。

 

 そして誠の身体は精神と時の部屋から消える。

 誠が次に目を覚ましたのはいつもの宿屋。そのベッドの上である。

 起き上がろうとすると、身体が重い。

 ALOはデスペナルティとしてLv10以上では一定時間の能力制限がかかる。

 それを防ぐためには基礎聖職者や回復術師、教会で蘇生をしてもらうしかない。

 

 しかし誠が感じているのはデスペナルティではない。

 激しい頭痛、割れるように頭が痛い。

 目の前がちかちかする。

 起き上がれない。立ち上がれない。めまいがするように世の中がぐるぐると回る。

 そしてそのまま気絶するように誠は意識を失う。

 次に誠が目を覚ましたのは三日後だった。

 

 精神と時の部屋の弊害

 それは脳を使い続けてしまう事。

 彼らの身体は生きておらずとも、脳は生きている。

 その脳を急速なく使い続けた結果、システム側からペナルティとして脳へのノックバックを発生させられる。

 強制的な休眠を脳へと命じられるのである。

 

 つまり、脳へのダメージを最小限にするには

 精神と時の部屋と言えど、12時間程度に抑えた活動をコツコツ毎日繰り返すことでスキル経験値を得ていくほかない。

 そして毎日、不味い即死薬を飲んで倒れるように眠る。

 

 誠がシゲのもとへと怒鳴りこみに行くのはまた別のお話。

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