022 誠編 ~方法~
「どこか、スキル経験値の稼げる場所はないのかよ?」
誠からは悲痛な声がシゲへと飛ぶ。
「まぁ……ないことはないんだが。」
「ほら、あるんじゃん。ムーンビーがダメだった場合の二の手をシゲが用意してない訳はないんだ。」
「確かに、二の手として準備はしていたが……。本当に問題があるクエストなんだ。」
「問題とは?」
「万人が理解できる言葉で話すなら『精神と時の部屋』に限りなく近い。時間経過が変わるわけではないのだが、本当に精神的に来るものがある。」
「うーん。それだけでは危険性が全く伝わらん。何もない空間という事か?」
「百聞は一見に如かず。まぁ行こうか。」
そういうとシゲはアイテムボックスへと鍛冶道具をしまい込み席を立つ。
誠はシゲの後をただついて歩く。
街中をゆっくりぶらぶらと歩きながら誠はシゲに問いかける。
「そういえば、先日ブルーとお茶したって?」
「ああ、なんか話があるとかだったのだが結局有耶無耶になってしまったな。あの弟子たちは狡いよ。」
「プロレスと相撲が好きな奴に、名選手を紹介しちゃいかんよな。」
「師範代的には紹介する気は更々なかったようだがね。」
「そりゃそうだろうさ。ブルーはお前と話がしたかったのだから。」
「そうか……。今度手土産でも持って師範代のところに行くことにするよ。」
「おう、そうしてやれ。」
そんな話をしているうちにシゲはある建物の前で足を止める。
建物には『回復術士《ヒーラー》協会』と記載がある。
「おいおい、待ってくれ。回復術師《ヒーラー》になる気はないぞ?」
「別に構わないんだ。MODは購入する必要があるが。」
「回復術師《ヒーラー》MODっていくらだ?」
「1000円ぴったり。」
「んじゃまぁ買うか。」
誠はウィンドウを開きMODのストアページを開く。
検索ウィンドウに『回復術師』と入力して対象のMODを探し出す。
そしてそのまま課金処理を行い回復術師MODをインストールする。
「で、回復術士協会でどうすればいいんだ? チュートリアルでも受けるのか?」
「ああ、その通り。チュートリアルを受けるんだ。」
「チュートリアルは何があるんだ?」
「チュートリアルでは三つの事項について教えてくれる。一つ目は自己回復、セルフヒールについてだな。二つ目は他人を回復させる方法、どうやって回復ターゲットを決めてヒールをかけるかという基本的な動作についてだな。」
「なるほど。それで三つめは?」
「三つめは回復術師《ヒーラー》での攻撃手段のレクチャーだ。出てくるアンデッドモンスターを倒してスキル経験値を得ろというのがある。」
「なるほど、それを倒し続ければいいわけだな。」
「うむ。ただし、チュートリアルは1度しか受けられない。つまりチュートリアルをクリアするとこれを使用してのスキル経験値稼ぎは不可能になる。」
「なるほどな。寝たいとか飯食いたいとかはどうするんだ?」
「基本的にチュートリアル中は睡眠欲も食欲も抑制される。音楽もかけられない。外部と連絡も取れない。30メートル四方の箱の中で延々と戦い続けるしかない。」
「マジか……。それで『精神と時の部屋』というわけか。」
「そう、常人は途中で気が狂う。基礎魔術師のスキルレベルを1に上げた先人はこの方法でスキルレベルを上げたらしい。」
「本当に気が狂いそうだな……。」
「そこで、二つアイテムを渡そう。」
シゲはアイテムボックスから二つのアイテムを取り出す。
片方は銀のシガレットケース、そしてもう一つは見たことのない色のポーションだった。
「SP回復草を使ったタバコだ。これを吸いながらやれば常にSP回復をし続ける。初回サービスで無料にしておいてやる。次からは有料だ。」
「明らかに儲けに来ているよね?」
「SP回復草はMP回復草より採りにくい。俺のスキル構成では面倒だという事だけだが。自分でSP回復草を持ち込むなら加工料だけで勘弁してやる。」
「SP回復草くらいキロ単位で買っても破産せんわ。」
「それは僥倖。そして問題はこっちだ。」
「見たことのないどす黒い色してるけど、なにポーションだそれは?」
「即死薬だ。」
「は??? 即死???」
「その場で死ねる。即死だ。HP残量も関係ない。強制的に心停止させる。」
「それでどうしろと……。」
「気が狂いそうになったら飲め。チュートリアルを強制終了できる。そしてチュートリアルは未達成のままだから再度受講することができる。」
「めちゃくちゃな理屈だな……。」
「人生にフラグを持ち込むとこうなる。ちなみに誠のレベルはいくつだ?」
「キャラレベルは15だけど……。」
「じゃあデスペナもセットだな。苦しいだろうが精進しろ。」
「で、もちろん即死薬も有料なんだな?」
「5本は無料で進呈しよう。根性でどこまで耐えられるかだな。」
「実験は済んでいるのか?」
「すべて実験済みだ。即死薬は吐くほど不味い。でも吐かずに飲み込め。」
「不味いのか……。いや美味くても困るんだが。」
「ちなみに俺は三日で自殺した。もう少し耐えられたが、絶対ムーンビーの方が効率がいいなと思って諦めての自殺だ。」
「ってぇことは、三日以上平気だったと?」
「一週間くらいなら多分耐えられる。どれだけくだらないことをしながら楽しんで倒し続けられるかだ。敵は4匹出てきて場所も固定。4匹目を倒すと大体10秒後にリポップする。1匹あたりに得られるスキル経験値は10だ。」
「渋いな……。いやでも剣士として剣を振るうならそんなところが限界か。」
「基礎とはいえスキルモーションがあるだろう。通常攻撃では倒すなよ。必ずスキルを使い続けるんだ。」
「聞いているだけで嫌になってきたのだが?」
「それも一興。基礎なんてあやふやなモノに人生賭けられるか。それだけだ。」
「でも、基礎は強いのだろう?」
「廃人仕様だとは言っておく。どうやっても『無敵』にはなれん。ただ、もし本当に基礎系を全員スキルレベル10にしてパーティを組んだとするならば、今のLAOの価値観を完全にぶっ壊すことはできる。」
「そこまで言われちゃやるしかないよな。2000年代のMMORPGで廃人と呼ばれたからには若いもんには負けられない。」
「娑婆に出てきたら連絡をくれ。追加のアイテムを売ってやろう。」
「次に会う時はびっくりするくらいスキルレベル上げてきてやるさ。」
そういって誠はアイテムを受け取ると意気揚々と回復術士協会へと入っていった。
その後ろ姿はかつて苦楽を共にした戦友の背中であり、シゲが50年待ち続けた仲間であり、ともに廃人と呼ばれた男の背中だった。
シゲは小さく「グッドラック」と呟くと回復術士協会を後にする。
次に会う時までに潤沢にアイテムくらいは作っておこうと、シゲは山岳地帯へとスクロールで飛ぶのだった。
即死薬の材料は酷いものだが、材料を聞かれなかったのが不幸中の幸いである。




