021 誠編 ~スタイル~
カーンカーンカーン
今日もシゲは鍛冶に精を出す。
昼間にすることと言えば鍛冶をするか、鉱石を掘るか。
鉱石も、採掘場の奥まで行くので縮地で基本的には敵の攻撃をかわして無理矢理通り抜ける。
通り抜けが難しい時のみ、紫電一閃を用いることで敵を払い抜けすることができるのでそのまま進む。
採掘場で敵を倒さないので、経験値を得ることは無くキャラレベルは1を保持したまま続けられている。
すべては計算。全ては想定通り。
唯一想定外なのは鍛冶スキルのレベル上げだった。
鍛冶スキルが1や2の時は〇回鍛冶をしろといった基本的な事を求められるのだが
次第にどの鉱石を用いろだの、追加効果を何種類以上付与しろだのと指定が細かくなってゆく。
その度にその鉱石を求めて様々な採掘場へと赴いていた。
リアルマネーが持ち込めるLAOの世界において
面倒であれば鉱石を買い集めて鍛冶のみに集中することも可能である。
現にシゲはそれなりの金額をLAOに持ち込んでいた。
しかし、シゲはほとんどその金を使わない。
LAOの世界で稼いだ金で生活が回るように調整していた。
無茶な節約でも、贅沢を謳歌するのでもない。ただ、純粋にLAOというゲームの住人として仮想世界で生きていた。
そしてかつてのメンバーはシゲを捕まえるために、往々にして鍛冶場へと足を運んでくる。
運が良ければその日にいることもあるし、運が悪ければシゲは何日も戻ることなく空振りに終わることもあった。
シゲは毎晩必ず娼館街へと赴くため、始まりの街であるイスブルクへは帰還スクロールを使用していたのだが誰かに逢うことがあるはずもなく。
そんなわけで、誠がシゲに会えたのは鍛冶場に通い始めて10日後の事だった。
「あぁ……ようやく会えた。」
誠は思わずそう呟くと、シゲは片眉をあげてあからさまに嫌そうな顔をする。
「気持ちの悪い事を言うなよ。」
そういうと再び鍛冶作業に戻る。
一度火を入れた鍛冶作業を途中で止めることはできない。
今は掘り出した鉱石を精製してインゴットを作成している最中だった。
ドロドロに溶けた金属を分離させて、金属棒へと加工する作業である。
ここで不純物が混じると、実際に刀剣を作成する際にもろい部分が出来たりするので重要な作業である。
「しかし、わかってはいたがここは暑いな。」
誠はそう言って滴るように流れ出る汗をぬぐう。
シゲはそんな誠に向けて人差し指を真上に立ててから、指しなおす。
シゲの指先からは丸いシャボン玉のようなものがふわふわと飛んでいき誠を包む。
『エンダー・ザ・ヒート』補助魔法の耐熱魔法である。
「おお、全然暑くない。」
この魔法のおかげでシゲも激熱の鍛冶場でも汗ひとつかかずに作業に没頭できる。
そしてシゲはそのまま作業へと戻る。
誠はただ、そんなシゲを眺めている。
小一時間後、ようやくシゲの作業が終わる。ずいぶんと鉱石を大量に使用していたがインゴットとして冷却させているのはたったの三本である。
ずいぶんと効率の悪いことをしているものだと思う反面、このような地道な作業こそシゲの真骨頂であるとも思えた。
「で、何の用だ?」
シゲは誠へと問いかける。
「基礎剣士用のスキル経験値を稼ぐ方法を知りたい。特にシゲが使っている娼館街のクエストに連れて行って欲しい。」
「ふむ……。普段使用している剣を見せてみろ。」
誠はウィンドウを開き、アイテムボックスから使用している剣を取りだす。
すると、そこには巨大な大剣が握られている。柄も含めれば長さは2メートルにも及び、刃渡りだけで1メートル以上ある。
両刃の大剣ではあるが、それは切るというより破壊することを目的とした大剣である。
そう、つまりはベルセルクのガッツの愛刀にそっくりなのである。
「またニッチなものを……。」
シゲはその剣を一目見ただけで、出自がベルセルクであることを察した。
「俺たちの世代で大剣と言えばこれだろう。」
「間違ってはいないが、剣士でトレンドなのはやはり二刀流だろう。あのラノベの影響が大きいとは思うがな。あと、剣を使うなら侍のほうが人気だな。」
「基礎剣士は二刀装備できないんだよ。あくまでも一刀。剣だけで戦えとさ。盾も装備不可だ。」
「なるほど。その辺は住み分けているわけだ。」
「だろうな、騎士がどうなっているかの詳しいことは調べてないからわからんが、ペインなら迷わず騎士だろうな。」
「ペインからのコンタクトはないから、一人で気ままにやっているのだろうさ。」
便りがないのは元気な証。特にLAOのような仮想空間では各々の判断こそが優先されるべき事項である。
彼らが再び一堂に会するのは、多分基礎系の習得が完了した時である。
「で、どうだ? 娼館街のクエストに連れていっちゃくれないか?」
「ふむ……。残念ながら無理だな。」
「なぜだ? あのクエストは受注者が条件を達成していれば一緒に入ることが可能なはずだろう?」
「多分一緒に入ることはできるが、その装備では足手まといにしかならん。」
「どういうことだ?」
「誠は『ハニービー』と戦ったことはあるか?」
「あのすばしっこい敵か。空中にいるからこの剣だと風圧も出るしなかなか厳しいな。」
「だろうな。『ムーンビー』は『ハニービー』の色違いだと思えばいい。それがとめどなく出現し続ける。そんな大剣を大振りしているとあっという間に囲まれて多勢に無勢だ。」
「そこをシゲの魔法がうまい事援護してくれるんじゃないのか?」
「基礎魔法はそこまで万能じゃない。」
「どういうことだ?」
シゲはテーブルの上に人差し指と小指を立てた状態で両手を置く。その際に人差し指がクロスするように置く。
「月が~♪ 出た出た~♪ 月が~出た~♪ あ、よいよい」
そう歌いながら起用に人差し指と小指で踊る様を見せつける。
「器用なことできるもんだ……。」
誠はシゲの指の動きに関心する。
「実際にやってみると良い。」
誠は見よう見まねでテーブルの上に指を置き歌い始める。
「月が~♪ 出た出た~♪ 月が~出た~♪ あ、よいよい」
歌はいたってシンプルなのだが、指が思ったように動かない。シゲのようにちゃんと指がコントロールできない。
右手と左手が、人差し指と小指が、バラバラに動かすことができないのである。
「たった4本の指をバラバラに動かすことさえ難しい。それも左右バラバラとなるとそれなりの訓練が必要だ。」
「これは練習すればできそうな気がするな。なかなか難しい。」
「じゃあ問おう。511個のファイアアローですべてをコントロールできると思うか?」
「無理……だな。ってかまたスキルレベルあがったのかよ。」
「ファイアアローはようやくスキルレベルが9になった。今できているのはすくなくとも大雑把に5分割したファイアアローを目的の座標付近にむかって飛ばすことだけだ。」
「俺の分を1匹残して他を殲滅とかは……?」
「無理だな。5分割も1時間以上続けられん。順番に一発毎コントロールする分には続けられるが、一斉放射でコントロールはほぼ不可能だ。」
「じゃあ俺はどこでスキル経験値稼げばいいんだよ!」
誠の悲しい叫びは鍛冶場にこだまする。




