表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/22

第17話 因果応報

 ――私は悪くない、と、たとえこの世の全ての人が認めても。


 個人としては、わだかまりを完全には一掃できない。


 だから、ささやかな生涯の責務を負うことにした。


 藤堂は、その常軌を逸した言動などから、まず精神鑑定のために留置された。


 鑑定の結果は「人格障害」ではあったものの、裁判官は責任能力があると判断し、奴は異例の早さで、正式に裁判にかけられた。


 空前絶後と言っていいテロを起こした犯人だ。


 検察側の求刑は、問答無用の死刑。


 弁護側も、いかに鑑定留置の結果である「人格障害」を理由として強調しても、まして、無条件で無罪になる「心神喪失」を主張などできようはずがない。


 せめて、無期懲役を懇願するのが精一杯らしかった。


 藤堂は大変往生際が悪く、どこまでも、私に全責任があるという主張を譲らなかった。


 また、「ゴミ虫を少しばかり殺しただけ」という考えも覆さなかった。


 そんな戯言、あるいは他人を愚弄しきった言い分に耳を貸すほど、この国の司法は落ちぶれていない。


 なにより、藤堂自身が書いていた日記が、揺るがぬ証拠だった。


 明確な犯行の意志、入念な計画、そして責任転嫁のもくろみが記されている、本人による日記。


 いかなる言い逃れも、通用するはずがない。


 判決は、求刑通りの死刑。


 藤堂が何をどれだけ喚こうが、弁護側も控訴のしようがなかった。


 かくして裁判は一審で結審し、藤堂の死刑が確定した。


 公正中立を是とする裁判長でさえ、判決を言い渡した後に、


「あなたにはもはや、何も言うことはありません」


 と、静かに付け加えたという。


 藤堂は、裁判長に詰め寄ったそうだ。


「ゴミ虫をちょっと殺して死刑になるなら、殺虫剤メーカーや白アリ駆除業者なんかの連中も、全員死刑にしろ!」


 ……どこまでも身勝手で、常軌を逸していた。


 後年、裁判長自身が当時を回顧したところによると、


「事件の重大さ、悲惨さに対して、被告が反省の態度を微塵も見せなかったことや、そのあまりの身勝手さを思うと、さすがに怒りが抑えきれなかった」


 ということだった。


 前に触れた通り、あの地下鉄サリン事件においては、実行役だった信者達に死刑判決が下った。


 仮に私が首謀者だったにせよ、藤堂自身も死刑は免れない。


 どうやら奴は、以前から全く変わらず、至って真面目に、何の疑いもなく、


「ゴミ虫をちょっと殺しただけだから、死刑になんかなるはずがない」


 と信じていたようだった。


 身勝手な認識の歪みぶりも、ここまで来ればあっぱれだな、と、世間は奇妙に感嘆した。


 だが、奴の死刑判決に疑問を挟む者は、世間には皆無だった。


 それどころか、過激なSNS界隈では、「市中引き回しの上で、打ち首にしろ!」とか、「拷問でなぶり殺しにしろ!」とか、「東京ドームで公開処刑にしろ!」などという声さえ少なからずあった。


 まさか江戸の昔でも、まして古代ローマでもなし、そんな残虐な処罰は不可能だ。


 大衆のメンタリティというものは、時代が移ろえども、そうそう進歩はしないらしい。


 長らくSNSのトレンドに上った、このハッシュタグが、全てを物語っていた。


#藤堂拳には地獄すら生ぬるい


 ちなみに、藤堂の死刑が執行されたのは、判決から五年後のことだった。


 いかなる死刑反対論者も、この時ばかりは黙った。


 正しくは、沈黙せざるを得なかった。


 なぜなら、仮に奴の死刑執行に異を唱えたなら、


「悪魔の肩すら持つ偽善者」


 のレッテルを、未来永劫貼られただろうから。


 藤堂は、無事に裁かれ、しかるべき報いを受けた。


 一方の私は、確かに「世間的には」悪くない、むしろ被害者だ。


 だが、「私個人としては」スッパリと割り切れようはずがない。


 だから、自分の体調が回復して数日後に、新宿駅に設けられた献花台へ、弔いの花束を供えた。


 また、犠牲者を追悼する集いがあれば、素性は伏せて、必ず参加した。


 後に、新宿駅構内には慰霊碑が作られることになるのだが、私は毎年、事件が起きた日に、そこで手を合わせて祈りを捧げた。


 ……それが、生涯にわたる、ささやかながら、大切な責務になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ