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第14話 私の「世界」

 ――人間を「社会的な動物である」と言ったのは、確かアリストテレスだったはず。


 その意味が、こんなに重く感じるなんて。


 それから、武尊は、文字通りのつきっきりで看病してくれた。


 忘れるほど長く、もう水道水しか口にしていなかったので、まずは武尊がゼリー飲料を買ってきてくれて、それから飲み始めた。


 次に、ゆるめのおかゆを食べた。より正確には、食べさせてもらった。


 夏だったが、温かいものを食べたのはほんとうに久しぶりで、感動ですらあった。


 武尊には、暖かく濡らしたタオルで、身体も拭いてもらった。


 ガリガリにやつれた身体をさらすのは、正直かなり恥ずかしかったのだが、断る理由はなかった。


「大学は……大丈夫なの? バイトは?」


 一日中――そう、朝一番で家に来て、陽が暮れるまで――彼が世話を焼いてくれるものだから、つい、心配になって聞いた。


 武尊は、まったく気負った様子なく、返した。


「必要な単位は全部取ったし、卒論もテーマは決まって、資料も集めてる。後は書くだけさ。バイトは、事情を話して休みをもらってる。ま、仮にクビになったところで、コンビニだからさ。他の店に行けばいい。征美は、何も心配しなくていいんだよ」

「あり……が、とう……」


 感激で、声が震えた。


 武尊は、これを優しいと言わずして何と言おうか? という笑みで、私を見ていた。


 ゆっくりとだが、武尊のおかげで、私は、回復していった。


 どれぐらいの時間がかかったか? など、まさか正確には覚えていないが、少なくとも、普通の食事ができるまでにはなった。


 ただ、もしも無理矢理にでも欠点を挙げろと言われたなら、やはり武尊は男性だったということだ。


 どういうことか? というと、食事を作ってくれるのはいいのだが、ざっくり言えば「肉と米!」と大声で主張しているような、俗に言うところの「野郎飯」がほとんどだった。


「悪いな、征美。こんなもんしか作れなくて」


 申し訳なさそうに言う武尊。


 確かに、栄養面では偏っているかも知れない。


 しかし、彼の作る料理には、間違いなく「優しさ」が籠もっていた。


 理解した。


 食事をすると言うことは、胃袋の空腹を満たすだけじゃない。


 心を潤し、癒すものでもあるのだと。


 明らかに味の濃い牛丼を食べながら、丼で顔を隠して、感動で少し泣いた。


 そして、心底から思った。


 この彼を、指一本で粛正できる世界?


 そんなもの、まっぴらごめんだと。


 同時に思った。


 私にとっての「世界」というものは。


 大切な人とのつながり、つまり社会性。


 細分化すれば、関係性そのものなのだと。


 不慮の死を遂げてしまった、愛猫だったゴリアテを悪く言うつもりなどないが、その「関係性」は、「動物との」ではなく「人間との」それでなければならない。


 なるほど、たとえ「人との関係」であれ、それはちっぽけなものかもしれない。


 しかし、それは、宇宙よりも深いものなのだ。


 なあんだ、私はもう、世界をこの手にしているんじゃないか。


 今までの自分が、下手くそで不格好な道化そのものだったことに気付いて、可笑しかった。


 いつしか、モノクロームだった景色は、本来の彩りを放っていた。


 ただし、まだ、武尊に「理由」を話していない。


 彼は何も聞かなかったが、話す義務があった。


 もう、夏のお盆も過ぎた頃。体調は、ほぼ元通りになっていた。


 ただ、食事はできても、夜の眠りがやはり不安定だったのだが、そこは武尊が買ってきてくれた睡眠導入剤で、少々無理矢理寝ていた。


 ……そろそろ、けじめを付けるべきだと思い始めた。


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