二話 贖罪 その三
他サイトに掲載したものを改稿して連載しております。毎日8:00、21:00の二回更新!
次にざわめく客に向かい、景はおだやかな口調で告げる。
「せっかく集まってもらったのだ、わたくし第二皇子景が酒宴を続けさせていただくが、よろしいか」
客はといえば、李陵国が主だろうと、第二皇子が主だろうとかまわない様子だ。あちこちから当然とばかりの声があがる。景はその様子に微笑むと、淑の腕をとったまま、一段高い席へと促す。そして景はどっかと李陵国が座っていた席に座り、静かに告げた。
「李陵国、この侮辱に対するさたが出るまで、末席にでも座っておれ」
宰相である李陵国にとってこれは最大の辱めであろう、ぶるぶると震えながら淑が座っていたあたりに座る。宦官があわてて景の横に淑の膳と席を用意する。淑が座ると景はまたおだやかな口調で客に告げる。
「このものはわたくしの弟淑、わけあって道士の姿をしておるが、今後この国の役に立ってくれるものだ。これからわたくし景ともども弟淑をよろしく頼む」
そう言うと、景は頭を下げた。
これには客のほうが驚き、感激した様子で平伏する。一瞬で客の気持ちをつかむ兄景に、淑もまた驚いていた。妹蘭の成長ぶりにも驚いたが、兄景はどちらかといえば、長兄涼に比べ、物静かでおとなしい印象だった。しかし六年間離れているうちに、すっかりと最年長の皇子としての威厳を身につけた様子であった。
わたくしがいなくても兄上がいれば大丈夫だ……
ふと淑は李陵国をみた。その目は驚くほど怒りに満ちている。
もしや…!
淑ははっと気づいた。見れば兄の杯が自分の蓮の花の杯とすり替わっている。それに宦官が葡萄酒を注ぐ。宦官にしては体格が良い。その上、淑にはその顔に見覚えがあった。
輿入れ行列が襲われた時、一瞬だが淑には賊の顔が見えた。その中のひとりだ。
「兄上、私が先にいただきます!」
そう叫ぶと、淑は兄の蓮の花の杯を取り上げようとした。しかしの前に、見慣れた大きな手がその杯を奪う。
淑は目を見張った。張弦だ。景と同じように乗馬用の胡服を着ている。先ほど景の横にいたのは 張弦だったのだ。そればかりか、張弦は蓮の花の杯を口元に持っていく。淑は叫んだ。
「張殿!おやめください!」
しかし張弦はそのままぐいっと杯をあおる。そのとたん張弦の体がぐらりと揺れ、後ろに大きく倒れた。
「張殿!」
淑は思わず張弦の上になるとそのほおを叩いた。しかし張弦は動かない。
「誰か、水を……または炭を……!」
淑は叫んだ。毒を消すには胃を洗わなければならない。または吐かせねばなるまい。その間に葡萄酒を注いだ宦官が逃げようとする。しかし、その男はもうひとりの胡服姿の護衛に捕まる。末席にいた李陵国は宦官のはずの高燐が力強く取り押さえる。
「お前、わたくしに毒を持ったか!」
第二皇子景が取り押さえられた李陵国に迫る。
「そ、それがしは、何も!」
「しかし、この葡萄酒も杯もお前が用意したものであろう!」
「ち、違います、それは……」
李陵国はそこまで言うと、観念したとばかりにぺたりと座りこんだ。これで誰が黒幕かは全てわかった。しかし淑はそれどころでなかった。誰かが水を持ってくる。だが量が全く足りない。考えてみれば、西方では水は貴重だ。胃を洗うほどの水はないのだ。
吐かせるしかない!
淑は動かない張弦の口を開け、その中に指を入れようとする。しかし手が震えてうまく口を開けられない。
「張殿!」
ついに淑の声が涙声に変わる。
路都の顔が思い浮かぶ。
なぜ私はあの解毒剤を買わなかったのだ……
自分の馬鹿な計画のせいで、一番大切な、そして、自分を大切にしてくれた人を失ってしまう。淑は泣きながら叫んだ。
「いやだ……わたくしはそなたを……!」
その時、張弦が少しだけ目を開けた。そして、その手を大きく淑に伸ばす。その手の中に紺色の何かが見えた。
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