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二話 贖罪 その一

他サイトに掲載したものを改稿して連載しております。毎日8:00、21:00の二回更新!

 淑が通されたのは西向きの小さな部屋だった。高燐が平伏する。


「大変申し訳ございません、皇子がお泊りになる部屋とは思えないのですが」


「良い、わたくしは道士の身、そなたが気にすることではない」


 そう言いながら、淑は心の中で苦笑した。口調がすっかり皇子のものになっている。張弦がいれば笑うだろう。


 気がつけば張弦のことばかり考えている……


 それぐらい張弦と一緒にいたこの十日間ほどは驚きの連続だった。楽しかった。何よりはじめて人前で泣いた。師にも言えない心の闇を口にできた。


 なぜだろう?


 それでも私は自らの罪を償わねばならない……


 淑はそう決心すると高燐に声をかけた。


「墨と筆、それから紙を」


「すぐお持ちいたします」


 高燐が音もなく消えた。


 *


 淑は高燐が来るまでの間、窓の外を見やった。天涼は市が立つほど栄えていたが、こちらは荒涼とした土地が広がるばかりだ。遠くにぽつぽつとみえるのは遊牧民が住むという丸い天幕だろうか。ここがまさに苑の西の果てというのがわかる。

 それだけではない。どうやらここは宮廷として使った建物をそのまま国境警備をする龍武の部隊に使わせているようだ。そのせいか女官をみかけることはなく宦官か武人しかいない。それらが李陵国側かどうかは六年も宮廷を離れていた淑にわかるはずもない。李蘭が楊の屋敷に泊まりたいと思うのもわからなくはない。


 なんにせよ李陵国は過去の闇を隠すため私を消しに来るだろう……


 またもや音もなく高燐が現れた。墨と硯、紙だけではない。書をしたためるのに必要なものがきっちり盆に用意されている。


「ありがとう、感謝する」


 淑が礼を言うと、高燐は驚いたように顔をあげた。


「滅相もない。私は皇子のお世話をするのが仕事ですから」


「いや、何かしてもらったのに感謝のことばを言わないなんて、そちらのほうがおかしい」


 淑は笑った。高燐も嬉しそうに微笑む。しかし、すぐにその顔が曇った。


「大変申し上げにくいのですが、今夜、李宰相様が酒宴をなさりたいとのこと。皇子もどうかと」


 さっそく動いてきたか……

 

 李陵国の手のものがどれだけいるかはわからない。しかし龍武にいたことがある李陵国は楊の正体を知っているだろう。妹の李蘭も想像以上に利発である。だからこそ、そのふたりがいない今夜を決行の日と決めたに違いない。ふと路都(ロド)が自分に売りたがっていた解毒剤を思い出す。


 となれば今宵起きるのは毒殺か……


 押し黙った淑に高燐が声をかける。


「あの、皇子……?」


「ああ、すまなかった、喜んでうかがうと伝えてくれ」


 その言葉に、高燐は静かに頭を下げる。


「それでは酒宴まで、このような部屋ですがどうぞおくつろぎください」


 そう言い高燐はまたすっと音もなく消えた。


 *


 誰もいないのを確認して、淑は紙に向かった。そして、子供の頃見た李陵国の罪状をすべて書いていく。また、もし自分が亡くなった時、李陵国が誰かに罪を着せることができないよう、張弦と一緒に聞いた賊の言葉もここまでの襲撃も、すべて書き出す。ふとそこで淑はここに張弦がいない理由を思いついた。


 楊殿は李陵国から張弦を守ろうとしたのか?


 楊ならわかるだろう。張弦はすべての目撃者だ。李陵国が黙っているはずがない。


 ならばわたくしの思いにも気づいているのか?


 楊ならありそうだ。そのために何か手立てを考えているかもしれない。しかし淑は長兄への償いを最大限に活かしたかった。書を書き終わるとそれを小さくたたむ。そして、それをあの山人がくれた袋に入れることとする。


「これで私のような小さな火花が大きな炎となって宮廷の大きな鼠を焼き殺すことができます」


 淑はそうつぶやくと、ふところから山人がくれた火打ち石の入った濃紺の袋を取り出した。と同時に萌黄色の袋も一緒に現れる。どちらも首にかけていたのだ。


「張殿……」


 淑は思わずその名を口にする。


「ごめんなさい。私はこれをこのようにしか使えません」


 淑はそうつぶやきながら紺ではなく萌黄色の袋の中に李陵国の罪状を書き記した書を入れた。大切なものを入れる。そう約束した袋だからだ。


「こうすれば私が罪を償った時、あのものの先に誰かがこの袋を見つけてくれるでしょう」


 そして、淑は張弦がくれた萌黄色の袋をふところに入れ、そっと手をのせる。張弦の顔を思い浮かべた途端、しらずしらず涙がほおを伝った。


「もう一度会いたかった……」

次回は21:00更新!

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