毛並みが悪い
「……獣憑きになると」
少し小さめの声でカイレンが口を開いた。こちらを見ている。聞きたい事があるらしい。
「はい」
「……撫でられたくなってしまったりするのか?」
こちらに向けられた視線が、いきなり焦点が定まらなくなる。かと思えば最後にはこちらをジッと見つめてきた。何かを期待するように。何がしたいのか全く分からない。使っている言葉も変に遠回しな物である。
「? ……いえ、特には」
そんな事はないから、そこは素直に答える。
「そう……か」
そんな声を出されても。答えを聞いた途端、何故かカイレンは残念そうに視線を下げてしまった。どう答えれば正解だったのか。嘘をつくのも違うだろう。よくわからない。
「……む」
少しの間をあけてカイレンがまた声をあげた。
「尻尾の、毛並みが少し悪いのではないか?」
尻尾の毛並み。気にした事がなかった。
「そう、でしょうか?」
軽く振り返って、自分の尻尾を見てみる。ここに来て耳や尻尾を隠す必要はない、堂々と出すべきと言われ、尻尾が出せる様に着ていた服を早急に加工してくれた。それでも振り返るだけでは見辛かった。
毛並みが悪いと自分では思わない。一応もうちょっとよく見てみようと、尻尾を動かして掴み、顔の前に持ってくる。
「私はそうは思いませんが」
やっぱりよく見ても、毛並みが悪いとは思わない。
「いきなり現れた物だ、手入れが上手くいかないのも無理はない」
おや。話が通じていない受け答えだった気がするが。カイレンの方に視線を戻すと、懐を探っている所だった。何をしているのだろうか。嫌な予感がしてきた。ちゃんと否定しよう。
「いえ、毛並みはもんだ」
「私が櫛を入れてやろう」
懐から櫛を取り出しながら声をあげるカイレン。どうも言葉が通じていない様だ。
「いえ、毛並」
「遠慮する必要はない」
言葉を遮る様にそんな事を言いながら、早足で近づいてくる。怖い。
「いいいいえ、結構です、結構ですから……チュウさん、毛並み悪くないですよね?」
チュウに助けを求めようと、後ろに顔を向ける。さっきまで背後にいた筈のチュウがニコニコと笑顔を浮かべて、出入口の方に移動していた。逃げやがったな。自分は関係ないからって。
仕方がなくカイレンの方に顔を戻すと、すでに目の前まで迫ってきていた。私は後づさりながら何とか思考を巡らせる。
「私は卑しい身分の者です、カイレン様にその様な……それこそ使用人の様な真似をさせる訳には」
「気にしなくてもよい、私とお前の仲だ」
ほんの数日前に会った仲だ。
何が目的だ。どうしてこんな事を。そういえば先ほど撫でてもらいたくなるのか、と問われた。それに私は『ない』と答えた。それから、櫛を入れてやると言い始めたのだ。という事は。これはもしかして。